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新人は廊下で立ってなさい!
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「君、名前は?」
「……香月蓮です」
「香月くん、ね。覚えとく」
「はぁ」
意味深な視線を残し、ピンヒールの音がリズミカルに去っていく。
「お、みんな来てるね」
ガリガリの身体をピンストライプのスーツに包み、パンチパーマに色付きのメガネで、地黒なおっさんがやって来た。
「そんな緊張しなくていいよ。僕とはみんな顔見知りでしょ?」
やけに親しげなのは、この人がマネージャーの中でもチーフマネージャーという偉い立場で、事務所の採用オーディションや養成所の謝恩会にも来てたから。
「鴻上マネージャー、良ければご挨拶を頂けますか」
「マネージャーの鴻上です。事務所にはマネージャーが30名、所属声優は300名いる。つまり、マネージャーの記憶の上位10名にいないと、仕事はもらえないって思っておいてね。うちは一部を除いて担当制じゃないから」
(これ、最初に聞いたときは全然意味分かんなかったんだよなぁ)
声優はよほどの売れっ子を除けば、専属マネージャーがいることはない。だから、オーディションのオファーが制作会社から入ると、マネージャーは誰にそれを受けさせるかを自分で決めて声優に連絡を入れる。
もちろん、このときに所属者リストを確認することもあるが、中堅マネにもなると自分の記憶している声優の中から、合いそうな人材へオファーすることが多い。だから、所属声優は出来る限り、マネージャーにどんな役を演じられるのかを覚えておいてもらわなければならないのだ。
鴻上マネージャーは「みんながんばってね」と俺たちを激励して、オフィスの中へ入っていく。
入れ違いに、しわがれた声がかかった。
「あれ、今日は何の会?」
柔らかな襟付きシャツにループタイ、ニットベストの出で立ちで現れたのは、事務所で一番ベテランのマネージャー、開場さん。事務所の立ち上げの頃からいる、最高齢の爺さんだ。
葵プロダクションのことなら何でも知っている……らしいが、担当はレジェンドクラスのベテラン声優ばかりで、若手は相手にしない。よって、新人の初日も把握してない。
「開場さん、ちょうど良かった。今年の新人です。一言……」
「僕はいいでしょ。じゃあね」
「あ、はい……」
態度は優しいけど、取り付く島もない。なんでも、昔はすげーやり手で厳しいマネージャーだったらしい。そういう片鱗って、こういうとこに覗くよな。
その後も代わる代わるマネージャーや取引先、先輩声優が現れて挨拶をしたりしなかったり。声優事務所はやたら忙しい場所だ。
一通り俺たちに紹介をしてくれた須見さんは、疲れた様子も見せずに、
「どういうペースで事務所に通うかは、あなたたちの自由です。毎日でも、週1回でも構いません。ただ、ボイスサンプルについての説明をするから、明後日は真面目に来て」
「はい!」
とりあえず、新人は大きな声で返事をするしかない。つーか、すでに4時間立ちっぱなしなんだけどね。
(……てか、この夢長くね?)
帰ってアパートで布団に入る瞬間、ふと我に返る。
なんとなく馴染んじゃってるけど、これってマジで2年前の世界?
寝て起きたら元通り──なんて。そんなこともあるんじゃねーの?
けれど、翌朝もやっぱり未来の髪は肩につくくらい長いままで、スマホで調べた西暦は俺の認識でいう2年前。
(マジってことか……)
2日目を迎えたことで、俺の中で『この状況は夢』説が崩れてきていた。
けど、それなら。これが、与えられたチャンスなら。
──精一杯、やり直す。
今度はもう、未来をクビにさせたりしない。絶対に……売れっ子にしてみせる。
決意も新たに隣を見ると、安い表現だけど天使みたいな寝顔で未来がスヤスヤ眠っていて、心臓を鷲掴みにされた。
(これを起こすのは、拷問に近い……っ)
けど、事務所に行かないと。俺はどうにか理性で本能をぶん殴って、未来に声を掛ける。
「未来。起きろー」
「んん……」
「ほら、事務所行くぞ」
「……キスしてくれたら起きる」
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