アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
掛け合いサンプル!
-
震える声にギクリとして振り返ると、未来の目には涙が浮かんでいる。
「僕はただ、蓮と一緒にいたいだけなのに」
(そんなの──俺だって一緒だよ)
けど、俺の描く夢は……こいつの夢を叶えて一緒にいるっていう、欲張りなものなんだ。
……そんな俺の思惑とは別に、仕事は襲ってくる。
ついに『アイドル☆プリンス』の全国ツアーが決定したのだ。
4月から半年の間、ほぼ家に戻れない毎日になってしまった俺は、コンサートと打ち上げを終えた深夜に、なるべく毎日ホテルの部屋から未来に電話を入れていた。
「ごめんな、こんな時間に」
「ううん。蓮の声聞けて嬉しい」
「来週には帰るから」
「うん。待ってる」
「事務所の勉強会、行ったか?」
「行ったよ。でも、あんまり何も言われない」
「そっか……」
やっぱ、勉強会きっかけで売っていくって無理なのかな。講師は声優だから、オーディションにエントリーさせるような立場でもないし。
(未来のことは、何か他の手ぇ打たないと……)
「蓮?」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
「もう寝た方がいいよ。声も少し掠れてるし」
「……そうだな」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ……」
未来のことを考えようと思っていたのに、ベッドに倒れると何も考えられず、ただの暗闇みたいな眠りがすぐに訪れた。
『アイドル☆プリンス』の全国ツアーはどの会場も満席大盛況で、俺にもそれなりの達成感を残した。稽古、リハ、本番をこなすうちに、なんていうか『声優ってこうあるべき』みたいなものが俺の中で分かってきたんだ。
ツアーの最中、バタバタしながらも都築マネージャーに勧められて受けたアニメのオーディションでも準主役が決まって、来期の生活もなんとなく定まっている。仕事はすこぶる順調だった。
ただ、未来から俺の信用ゲージはほぼゼロになりかけてたんだけどね。
なんとかそれを回復させようと、久々のオフに俺はいきなり未来を誘った。突発の収録が入ると厄介だから、スマホの電源も切る。
「今から出掛けねー?」
「いいけど……どこに?」
俺と未来が一緒にやって来たのは、前に約束してたときに行く予定だった貸スタジオだ。2畳くらいのごく狭い防音室にミキサー機材も詰め込んである、ボーカル収録なんかに使う場所。
「オーディションでもあるの?」
「違う。今日は俺の新しいサンプルを作りたいんだ」
「分かった。エンジニアやるね」
「だーめ。お前もこっち」
俺はあらかじめ用意されていたマイクの前に未来を立たせる。それから、もう1本のマイクを狭いスタジオ内に設置した。
「掛け合いのボイスサンプルってのも、いいかと思ってさ」
「へぇ。面白そう」
ボイスサンプルは、通常1人でセリフを喋る。けど2人でセリフを言い合う、通称『掛け合い』と言われるサンプルがないわけじゃない。
「そういうわけで、付き合ってくれよ」
俺は、ネットにあったフリー素材の台本を未来に渡す。それは、男子高校生が屋上で将来の夢について語る、なんてことない日常風景の台本だった。けど──
(うぅ……)
仕事を何本もこなして、やれる気になっていた俺が突きつけられたのは、こういう感情的にならない台本のほうが、演技力の差がハッキリ見えちまうってこと。
会話の中で未来が喋るセリフには、全然嘘がないんだ。
対して俺は、抑揚とか息の使い方とか、そんなことばっかり考えてる。
もちろん、仕事をする上ではそういうのも大事なんだけどね。ただ……上手い下手で言ったら、未来と俺は天と地ほどの差がある。
だって未来は、その場にキャラクターの男子高校生として『存在』して喋るってことが、自然に出来るんだから。言葉を表面的に処理してる俺とは、次元が違うんだ。
どんなに仕事をしてたって、天才には敵わない。
もちろん、俺が演技力については諦めて全く努力してなかった、ってわけじゃない。……と思いたい。
アニメや舞台、映画なんかを見て演技の勉強は続けてたし、音響監督の言葉は全部メモして実践しようとしてた。けれど……
「ただいま……」
準主役を務めるアニメ『ボーイフレンドダイアリー』のアフレコから帰宅した俺は、それはもうガッツリへこんでいた。
「おかえり。遅かったね」
「未来……慰めて」
「え、ちょっと蓮!?」
玄関先に座り込んだまま未来の腰に抱きついて、ギューッと腕に力を込める。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
10 / 24