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4月1日!
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「……ありがと、蓮」
未来が、俺の首にぎゅっと抱きついてくる。
「なんで」
「みんなの前で、僕たちのこと否定しないでいてくれて。僕、今すごく幸せだよ」
俺を見上げるその顔は、今まで見たことないような──全開の笑顔。
「蓮……大好き!」
人前にも関わらず、未来は俺の顔を抱き寄せてキスしてくる。
「……は」
思わず、息だけの笑いが零れた。
「お前、バカじゃねーの」
そんなこと言われたら。そんな笑顔見せられたら。
“今”のお前を放り出してやり直しに行くなんて、出来なくなっちまうじゃねーか。
「ま、俺もバカか。そんなお前が好きなんだから」
俺は未来を抱きしめ返して、何度も何度もキスをする。
そのとき、6年間ずっと気付けなかったことに初めて気がついたんだ。
俺は未来を売れっ子の声優にしたかったわけじゃない。
未来を、最高に幸せにしてやりたかったんだって。
そして──4月1日。
俺と未来に届いた査定結果の封筒は、2通とも同じ厚さだった。
(まぁ、売れっ子2人をそんな簡単には切れねーよなぁ)
事務所も転んでもタダでは起きず、すぐにレーベルを立ち上げて、俺たち2人が絡んでるBLのドラマCDを売り出しにかかった。腐女子様の間では、本当にヤッて録ってるなんて妄想をされていて売上は上々らしい。
(いや、そのパターンのサンプルもありますけどね?)
あのスタジオでこっそり録ったサンプルは、今も俺の宝物で誰にも聴かせてない。今後もその予定だ。
『鬼神大戦』のキャストは、劇場版も続行決定。何しろ、あの記者会見で謝るべきことはきっちり謝ったし、ファンに「2人を降板させるな」って署名活動までされちゃ、制作会社も変更するなんて言えないよな。
あと、俺が吉岡にキャスティングされた理由! それは監督の水沢さんに、開場マネージャーが「香月は陽一郎じゃなくて吉岡だと思うんだけどね。うちのマネージャー分かってないよね」なんてオーディション前に雑談してたからだったってのを鴻上マネージャー伝手で聞いた。マジであのジジイには……感謝しかない。
「蓮、どうかした?」
「へ?」
「なんか、ニヤニヤしてた」
窓を開けっ放しにした部屋には、優しい風が吹き込んでくる。
「2人とも事務所に残留出来て良かったなって思ってた。それに、今年度からはランクも上がって準所属だろ」
「そうだね、頑張らないと」
「酒買ってくるわ。祝杯上げよーぜ」
俺は一人でアパートを出る。今日は、会わないといけない奴がいるからな。
あのコンビニの前には、2年に1度現れるあいつが待っていた。
「よぉ。財布あるか?」
風に髪をふわふわさせながら、子どもはにっこりと笑う。
「お兄ちゃんしだいかな」
「叶えてもらいたい願い、なくなっちまったんだよね」
「なぁんだ」
言葉は残念ぽいのに、どこか嬉しそうな『なぁんだ』。願いを伝える代わりに、俺は続けた。
「なぁ、俺の懺悔聞いてくれる?」
「いいよ」
コンビニ前の駐車場にある縁石にちょこんと腰掛けて、子どもは俺を手招きする。隣に座ると、春の柔らかな水色の空が高く広がった。
「俺、めちゃくちゃエゴかったんだよね。勝手に、未来は声優として売れっ子になればいいって思い込んでて。でも、未来にとっての幸せって、俺が考えてたのと全然違ってたんだ。あ、未来ってのは俺の恋人なんだけど」
「知ってる。でも、良かったね。今は2人とも幸せなんでしょ?」
(なんで知ってるんだ? 未来のことなんて一度も──)
「もうやり直せないんだから、今度は頑張って……生きて、ね」
子どもの言う『生きて』というワードは、なぜか少しだけ重い。
「……おう」
どうしてか胸が詰まって、俺は短く答えた。
「お兄ちゃんにまた会えて嬉しかった」
「俺も。……ところで」
お前って何者なの、という言葉を言う前に強い風が吹いて……思わず閉じた目を開けると、もう子どもはそこにいなかった。
俺はしばらくぼんやりした後、コンビニへ入って駄菓子を1つとビール、甘いチューハイを買う。
それから恋人の待つアパートへと、暖かな春風の中、足を速めた──。
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