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パンとお家は暖かい
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アルマがパン屋の仕事にいくと髭の老人が店の端の椅子に座って新聞を読んでいた。新聞の殺人事件の記事に少し目を細めたが、アルマが視界に入ると老人は手招きをしてこちらへ呼んだ。
「ほら、エントリーは明日からだ、もう準備はできとるか。」
新聞の記事を指して老人はそういった。
"第66回 絵画コンテスト応募作品募集"
アルマは目を見開いて記事を見て、久々に心が躍動する感覚を覚えた。
「お前さんもこれが目当てでこの街に来たんだろ。ちゃあんと忘れないようにエントリーするんだぞ。」
この街の絵画コンテストは有名だ。著名な画家も多くがこのコンテストをきっかけにその道を駆け上がった。アルマもコンテストの存在自体は知っていたが詳しいことはよく知っていなかった。
「ありがとうじいさん。俺、やってみるよ! 」
「ああ、そうしたらこの店も、飾ってある絵も価値が上がるってもんだ。がんばれよ。」
嬉しそうに目を細めながら笑う老人をみて、なんだかアルマも嬉しくなってきた。きっといい結果が出ると、そう確信できていた。
「お前をみてると夢を捨てたことを後悔するよ。」
「へ?」
老人は髭を撫でながら虚空をみた。
「だからな、いいんだよ。お前にはがむしゃらに夢を追ってほしい。これが夢を投げ出してしまった老人の願いだよ。」
「じゃあさ、爺さんも出せばいいじゃん。コンテスト。」
老人は吃驚してアルマを見た。
「ほらこれ、年齢も学歴も関係ないって。どっちが賞取れるか賭けない? 」
新聞を指差しながら無邪気に笑うアルマをみて、老人は笑った。
夢を託そうなどと言ってまた夢を捨てようとしていたのは紛れもない自分だ。若者になにかを残せるようにと思っていたが、逆に与えられてしまうとは思いもよらなかった。
「ほっ、よく言う。わかったよ、お前みたいなちんちくりんではまだまだわしに敵わんことを教えてやる。」
「ああいいぜ、望むところだ。」
手に拳を作り意気込むアルマにパン屋の店主は大きめの声をかけた。
「アルマ、あんたが絵馬鹿なのは分かるけど今日はパン屋になっておくれよ。ほら、配達の時間。」
店主にはやされアルマは足早に準備へ向かった。
「女将、早めに終わったら早く帰っていいよね。」
「ミスなく終えたらね。」
子供みたいにはしゃぐアルマの様子を見て店主も思わず口元を緩めた。
配達にも慣れてきたもので名前を見ればすぐにどの家か分かるようになった。配達ルートも頭のなかで簡単に組み立てられる。
街に来たはじめの頃は分からないことも多く、生活の不安もあったけれど今ではそんな事はない。これが街に慣れたということなのだと、はっきりと実感していた。
順調に配達を終えて店に戻ると今日の報酬と一緒にメモを渡された。
「お疲れさま、もうだいぶ慣れてきたし明日に行く場所が分かってると楽かと思ってね。とりあえず今入ってる予約のお客様のメモね。」
明日の配達場所の顧客メモだ。確かにこれは便利だ。
毎日のように配達する常連と店主の友達、その他に見覚えのある名前が記入さていた。あの屋敷の発明家だ。
「どうしたの、知り合いでもいた? 」
店主はアルマがメモを食い入るように見つめているのを気にした。
「い、いいや。ありがとうメモ助かるよ。じゃあまた明日くる。」
手をふって店を後にした。
あの暗い屋敷が頭に思い浮かぶ。
前に冗談を言われただけじゃないか、何を動揺する必要があるんだ。分からない、あのときの暗い部屋とその後の自分の落ち込みようが脳裏に甦る。
あそこには行きたくない。沸き上がる明確な拒絶感情。
それでもお世話になっている人に頼まれた仕事を投げ出すわけには行かない。
アルマは唇を噛みしめながら街を駆け抜けた。
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