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目を覚ましてからというもの、カイルは謝りっぱなしだった。
「理事長すみませんでした! これから面談だっていうときに俺寝てしまって」
「構わないよ。きっと日頃の疲れが出たのさハハハ」
「それよりまだ休んでいていいんだよ。無理はしてはいけないハハハ」
俺たちは迫真の演技で心配している振りを装う。
「そういえば、まだ少し頭がくらくらして……」
ヴィンセント様が「やべえ」という表情を隠せずにいる。落ち着け。忘却魔法で、襲われた前後の記憶は抜け落ちているはずだ。
「それで、本日の面談はどういった内容で?」
「え?」「え?」
俺とヴィンセント様の視線が見事に重なった。まずい、面談の内容を全く考えていなかった。
咄嗟に何か話題がないものかと思案してみるも、日頃から勇者に興味を持っていないからか何一つ話したいことが浮かんでこない。
理事長。あとは託しました。
すると、考えあぐねていたヴィンセント様の表情が変わった。どうやら何か妙案が降ってきたようだ。
「カイル君。君の噂は耳にしているよ。休学の期間があったとは考えられないほど優秀な成績を修めているそうだね」
「は、はぁ。俺なんてまだまだ」
「そう謙遜するな。さて、そんな君に一つ提案がある。単刀直入に言おう、すぐにでも勇者にならないか」
「え……え? でも俺まだ終了過程貰ってないです。実地経験だってまだで」
「うちの養成所には飛び級や免除といった制度もあってね、君になら適用される。何しろ傭兵団として実際の戦場にいたという稀有な経歴があるからね。私は、君ならできると信じている」
「で、ですが、旅に出るには相応の準備が必要で」
「その点については心配する必要はない。初期装備で希望のものがあればこちらで揃えるし、うちの養成所の修了証明書を提示すれば、提携している宿屋には無料で泊まれるサービスつきだ」
おんぶに抱っこ!! 今まで巣立っていった勇者たちにも大概甘さが見え隠れしていたが、装備云々まで言及したのは初めてかもしれない。しかも何か別の下心もあるような気が。
当のカイルはというと、期待には応えたいと非常に前向きな姿勢を見せていた。勇しく踵を返す彼の後ろ姿は、いつにも増して勇者だった。
「どういうことですか! 勝手にいろいろ決めてしまうなんて!」
「……だって、俺もう待てないもん。一刻も早く俺に会いに来てほしいんだもん!」
大の男がナチュラルに「もん」とか付けてんじゃねぇ。
「あのですねー、口酸っぱくして言ってますけど、RPGの掟に則るなら、魔王と勇者が相見えるときが、魔王であるあなたの死期なんですよ! あなたは自分で自分の余命を縮めているに過ぎない。どうしてそれが分からないんです!」
「分かってるって! そうだよ、原則として魔王は勇者にやられるのがセオリーなんだ。それは知ってる。知ってる上で言ってる。俺は勇者に殺されたいんだ」
あーーもーー!!
全ては先代の魔王のせいだ。ヴィンセント様を可愛がり過ぎてゲームでも何でも買い与えて! ナントカファンタジーだの、ナントカクエストだの、ナントカエムブレムだの、山ほど。人間で言う14歳になったときは、ヴィンセント様が「騎士が欲しい!」なんてサンタさんにお願いしたがために、あの親バカ先代が実際に拉致してきた数人の騎士をツリーの下に用意していたものだ。抵抗する騎士たちに強い催眠をかけて、真夜中のうちに彼らをラッピングして箱詰めして……。あの頃の騎士は不老の呪いをかけて今でも大事にクローゼットの中にしまっている。それにその中でも特にお気にの騎士は、完全な催眠を施して今も幹部として活躍中のはずだ。誰だったかは忘れてしまった。
きっとあの頃の教育方針が今になって響いている。他に思いつくのは、生まれてすぐに乳母車から転落して頭を打ったことくらいか。
「それなのに、ただ殺されたいだけなのに。運命の勇者はなかなか現れないし、誰も聞く耳持ってくれないし。最近だと会いたくて会いたくて震えるようになったし」
「そこまで病んでいたとは」
「だから俺、カイルと出会えて凄く嬉しかった。性格も見た目も、俺が夢見ていたまんまなんだ。ほら、これ見ろよ。俺がpixivに上げてる勇者のイラスト」
「実際に描いてたんですか! って絵ぇうま!! 上手すぎだろ! あんたにこんな画才あったのか!!」
「まさか、俺だってそこまで多才じゃねえって。画力は描いてるうちに少しずつ身についていった」
好きこそものの上手なれ。ヴィンセント様がそう言って胸を張るので俺は忌々しげに睨みつけた。悔しいことに反論が浮かんでこない。
画面の中では青い髪の若者がいろんなポーズいろんなアングルで佇んでいた。確かにカイルによく似ている。この絵を描いたヴィンセント様にとっては妄想の産物が具現化したようなものだから、あの入れ込み具合にも合点がいく。部下としては迷惑千万だが。
「何です、これ。初期装備設定資料集……ああこれ、見覚えがあると思ったら、先日あなたがしていたコスプレそのままじゃないですか」
1ページ目。カッコ書きで(平常時のすがた)と書かれている。今となってはカイルにしか見えないその男は、画面の中で腰に手を当てたポーズで立ち尽くしていた。ちょうど良い長さの青い髪に、若干口角が上がった口元が印象的だ。ああ、紛れもなくカイル。
着ているのは鎧ではなく、動きやすさを重視したような服であった。色はやや褪せたような青で、淡い黄色の縁取りがしてあるのにこだわりを感じる。また上半身は半袖なので、小麦色の二の腕が男らしさを主張している。
パンツは無難な白。ベルトは革製。ブーツも同じ革なのか、茶色。こうして全体像を眺めてみると、取り立てて特殊な服装をしているわけではないのだな。ベースになっているものは全てその辺で揃えられる普遍的な衣類ばかりだし、ちょっとお洒落な町人程度であった。よくよく考えてみたら、半数の勇者が平民出身なのである。出発時点で高価な装備をしているわけがない。
2ページ目(旅立ちのすがた)。1ページ目の服装にアクセサリーが付いてきた。最大のポイントは頭の鉢巻だと思われる。濃いオリーブ色の太めの鉢巻が額全体を覆い、余った部分はポニーテールのように垂れ下がっていた。無地の赤いマントは膝下まで伸びている。グローブは指先から肘までを保護できる物になっている。
これが、魔王考案の勇者セット。作戦会議の資料も読まずにせっせとこんなものをこしらえている魔王は、どの世界線においてもうちだけだろう。と思ったが、各異界の魔王たちも大概なんだろうなぁ。
「……これ、まだ続きあるんですか」
「設定資料集は50ページある」
「はぁ? なんでそんなに作ってるんですか。作戦会議の資料だってこんなに分厚かったことなかったのに!」
(春のすがた)(夏のすがた)(秋のすがた)(冬のすがた)
「何です、これは」
「春夏秋冬オールシーズンに対応した装いを考えたのさ。靴はもちろん、マントは素材どころかカラーリングまで変えてある。あとよく見て欲しいのだが、夜間の戦闘用に(夜のすがた)も考えたし、別の国に滞在中にその地方での衣装もバリエーションの一つとして加えてある。グレイル地方なら(グレイルのすがた)」
「……つかぬことを伺いますが、最近ポケモンやりませんでした?」
「ああ、そういえばやったな」
「サンムーンですよね?」
「よく分かったな。アローラナッシーのすがたを一目見たいと思ったのだ」
ほらやっぱりー。
「ブラッドリーも段々と興味が湧いてきたんじゃないか」
そんなわけあるか。こんなにこの方が調子に乗るのが分かっていたら、カイルを確実に仕留めたのに。快楽堕ちなんて手温い。
「衣装はまだある。お蔵入りするには惜しいものはここにまとめてあるんだ。たとえばこれなんか自信作だ。テーマは『友人の結婚式に招かれた勇者』。こっちのは『成人を迎えた勇者』。他には『イースター勇者』『クリスマス勇者』『バレンタイン勇者』がある」
「勇者はリカちゃん人形でもなければアバターでもないんですよ? 生身の人間で着せ替えごっこしないでくれます?」
「生身じゃない。ちゃんと原寸大マネキンを用意している」
ヴィンセント様の真横にはいつの間にかカイルの顔をしたマネキンが現れていた。そのマネキンは裸ではなく、全身真っ白な衣装を着ていた。
「これは……いつか娶る日が来るかなって作ったやつ。花嫁勇者」
クレイジーサイコパスそのものじゃないか。魔王の寝室なのに、衣装部屋を埋め尽くしているのは勇者の装備品ばかりだった。この世で一番の矛盾が渦巻く空間。他の魔族はとてもじゃないが入れられないな。
カイルを早急に勇者デビューさせて正解だったのかもしれない、と今になって思う。このままこの男の身近に置いておけば勇者好きは酷くなる一方であっただろう。
「仲人は任せたぞ」
神父を呼べ、神父を。俺にはも手に負えない。
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