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お前がオレに隠していることって、何だよ、源。
執事は紅貴の片腕をとって、力強く人混みを器用にかき分けていく。飄々とした後ろ姿。だけれど、紅貴は知らない。今、漆がどんな顔をしているのか。…あの日、割れてしまった半身を紅貴は未だ探し続けている。
聞かせてくれよ、もうどんな話でも怒ったりしないから。いい子になって聞くから。
紅貴は執事の背中で声を押し殺し、呻くように静かに泣いた。
αでもβでもΩでも、もう何でもいいよ。
声にならない声で、必死に前にある背中を見つめ、紅貴は執事に語りかける。
お前が好きだよ。お前がオレに何を隠しているのか知らないけど。それでも、お前が好きだよ。
やけに明るいBGMと心の声が不一致で、紅貴は空いた手の甲で涙を拭いながら、半笑いになる。
谷ヶ崎の家に生まれたから。オレは主人で、お前は執事だから。好きになっちゃいけないって思っていた。今も昔も、わかっていた。
たくさんの人が行き交うデパート。16年の人生でも同じくらい多くの人に囲まれて、色んな女だって抱いた。それでも紅貴が手を繋ぎたいと思った相手は、たった一人の男だった。
恋人になれないなら、せめて立派な主人になりたいって思ったんだ。けど、αのオレじゃないから、お前はガッカリしているよな。オレは優等生にもなれやしないから、お前はやっぱり主人に愛想をつかしてんのかもな。
二人のいる場所から、駐車場に通じる自動ドアが見えてきた。自動ドアは無慈悲に紅貴達へとどんどん近づいて来る。
「…けどさ、やっぱりずっとお前が好きだよ。」
紅貴のか細い声は、人々の喧噪にかき消され、前方を行く執事の耳には入らない。…聞こえてはいけない告白なのを、紅貴自身、十分に心得ていた。それでも…口にせずにはいられなかったが。
…このまま、婚約するなんて嫌なんだ。
紅貴は最後の足掻きに停止すると、ぐいっと執事を近寄せる。後方に引っ張られて執事は、急いで体勢をなおした。…二人して、自動ドア五メートルの位置で立ち止まる。
「…源。」
紅貴は名前を呼んでから、手を握りなおす。一本一本互いの指を絡めた…恋人繋ぎへと。
一瞬。目に見えて、漆の顔が強張った。手をすぐさま薙ぎ払い、信じられないものを見るような目を主人に向ける。
「…そういうのは。」
皮肉な物だ。店それぞれのBGM、人々の笑い声、話し声、小さな子供の泣き声…。騒がしい喧噪の中にいても、紅貴の耳はすぐに意中の執事の声を拾ってしまうのだから。
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