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「生卵を紅貴様にあてて、どうするつもりだった??」
小男は口をへの字に曲げて、目に涙を滲ませる。
「しッ、知らねぇよ!!俺は言われたことをやっていただけなんだって!!そこの偉そうな坊主に生卵を当てて、逃げろって指示されていたんだ!!」
漆は小男を大きめの荷物を持ち上げるかの如く立たせると、再び耳元で呟く。
「…誰が指示した??この中にいるなら空いている手で指示した者を示せ。」
小男はうひぃっ、と間の抜けた声をあげた。
「後生だよ、そいつは教えられねぇ…。」
漆はふっと明るく笑って、小男と目を合わせる。
「…ん??何だ??ここまで来て、釣れないじゃないか。…なら、お前の胴体と右腕がくっついている時間もここまでだな。」
小男は大粒の涙を流しながら、金切り声を発する。
「か…っ、勘弁してくれ!!」
すっと無表情になった漆の双眸は、瞬時に狂暴に細められた。
「…はやく指示した者を吐け。」
「そ、そいつだぁっ!!」
小男が震える片腕で指さしたのは…なんと遠瀬院の隣にひっそりと佇む黒岩だった。途端、黒岩の前に両腕を広げた令嬢が従者を庇うように前に立つ。
「待って、源さん!!…お願い。黒岩を悪く言わないで。」
漆の瞳が、これ以上ないくらい憎々しげに眇められる。
「…これは一体どういう趣向です、紗千香様。もしや、あなたがこの婚約に反対して…。」
「紗千香様は関係ありませんっ!!」
黒岩の咆哮が、空気をビリビリと震わせた。観衆も口を噤み、婚約会場はしんと静まり返った。
「紗千香様は御婚約に賛同しておりましたし、遠瀬院家の御父様の面目を潰さぬよう必死に今日まで努めておりました。」
黒岩は姿勢を改めると、ぐっと深く頭を下げた。…遠瀬院が黒岩の背中の服を繊細な指先で掴み、目にいっぱいの涙を溜めて、頭を緩く左右に振る。
「ちがう…っ。違うの、黒岩が悪いんじゃないの!!」
全部私が悪いの、と令嬢は頭を垂れる黒岩に縋りつき、か細い声で語りだす。
「婚約が決まる前、私には…好きな人がいました。」
会場に声が戻ってくる。紅貴には観衆の声が、世間の反応のように聞こえて他ならなかった。
残念がる声。遠瀬院の気持ちを疑う声。興味本位であれこれ言う者。下世話なことを勘ぐる者。全てが…鬱陶しくてたまらない。
余計かと思いつつ、紅貴は口を挟まずにはいられなかった。
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