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今度は足にかかっていた布団を蹴散らし、紅貴はベッドから下りる。足元に置いたスリッパすら無視して、裸足で自室を飛び出す。
漆が何に悩んでいるのか、未だによくわからない。紅貴との主従関係か。それとも、漆自身の話か。でも、一つだけわかる。…主人は、漆を失いたくないという気持ちだけは嫌というほど思い知らされている。
屋敷の中を駆け回る。廊下を突っ切る。階段を速攻で下りていく。だけれど、漆の姿は見当たらない。…段々と嫌な予感が紅貴の胸を蝕んでいく。
何で今日に限って、漆の声が聞こえたのだろう。どうしてこんなにも不安になっていくのだろう。
漆のあの言葉はまるで、まるで…と主人は足を止め、茫然と呻いた。
「…遺言じゃないか。」
血相を変え、首を左右に巡らせる。始終落ち着かない息がもっと荒くなる。他の使用人を呼ぶべきか。漆の父親に頼るべきか。己のあまりの不甲斐なさに、紅貴はバスローブの胸の部分を手で強く握った。
「考えろ、考えろ…っ」
漆が最期にしようとする場所はどこだ。あれほど谷ヶ崎の家に固執し、仕えてきた執事だ。きっとこの家の近くで死を選ぶに違いない。考えろ。誰にも見つからず、漆が死を選ぼうとする場所…。
ふっと耳に蘇ったのは、ある日の会話。
『その…“様”つけんの、やめろよ。二人の秘密基地じゃ、主人とか使用人とかはなしって決めただろう。』
『…じゃあ、“紅貴”。』
確信するより先に身体が動いていた。バタバタと慌ただしく廊下を駆けていく。普段ではありえない光景だろうが、今じゃマナーも謙虚もクソくらえだ。
裏口を開け、裸足で外へと駆けていく。小石を踏んで足の裏がじゃりじゃりする。全速力で走り過ぎて足が疲れている。さっきまで寝ていた身体が悲鳴をあげている。だけれど、そんなこと知るものか。
谷ヶ崎紅貴にとって、源漆ほど大切なものは他に何一つないのだ。
二人だけの秘密基地。裏庭の倉庫。粗末な木製の小屋にある唯一の窓には、オレンジの光が灯っていた。裸電球の明かり。紅貴はすぐさま、木製のなかなか開かない引き戸に噛り付く。
引き戸よ開け、出来るだけスムーズに開け、と念じたら叶った。引き戸が大きく開け放たれる。紅貴は小屋の中に飛び込む。小屋の中。燕尾服の人間がいた。すっかり錆びきったパイプ椅子の上に登って、天井の梁に通したロープで首を括ろうとしている。紅貴が声をかける暇もなかった。執事はパイプ椅子の上から飛んだ。パイプ椅子は床へと派手に蹴り倒される。
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