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香聴
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あくる日、佳平は気付けばまた、扇の君の舞を盗み見していた。
決して、あの日の懲罰の甘美さが忘れられなくて、というわけではないはずなのではあったが、本心は、自分でもわからなかった。
声を押し殺し、じっと見つめる視線の先で、今日も今日とて宮様は美しく舞い踊る。盲いてることなど信じられないほどの優雅さだ。
つと、佳平の感覚に沁み入るものがあり、何かと思うに、それは伽羅の香であった。
佳平は、目の前の舞が青海波と呼ばれるものであるのと同じように香の種類など知らぬ、賤しき身分である。だが、彼の琴線は鋭く、香の高貴な雰囲気を読み取った。
思えば、贅沢なことである。
扇の君は、香を聴くためにじっと座るのではなく、舞を舞いながら香を焚いているのだから。
佳平は、物音や気配を気取られぬようにそーっと首を出して、香の焚かれている方を伺った。香炉は上臈の持ち物にふさわしく、雅やかな造りでできており、翡翠が材料であるらしく、艶めいた光を纏っていた。その美しさに息を呑み、佳平は、今来たとでもいうように声を出した。
「宮様ー、宮様ー、佳平が参りましただ。」
手には土産である葛を持ち、佳平は、そっと扇を閉じ、舞を止めた宮様の前へかしずく。
「佳平か。ご苦労である。」
扇の君はそう言い、佳平を扇で撫でた。
「今日は蒸し暑いでな、宮様に、葛切りでもと思い、葛の干したのを持ってきましただ。」
佳平は、先ほどまで、君を垣間見していたことなどおくびにも出さず、そういって葛を揺すって見せた。
この時代、上流階級の間では、見られることは欲望の対象になることを意味した。であるから、扇の君は、同格の貴族ならまだしも、佳平に舞うところを見られたくないのであった。
しかし、先日、覗き見をした佳平を縛り、打った時とは打って変わって、扇の君は、今日は穏やかに、佳平に向かってうなずくのみである。
「佳平、ありがとうのう。ここへ来てから、私はちっとも退屈していない。それは、お前のおかげだ。」
今日の宮さまは機嫌がいいようだ。
佳平は、そう思った。
「そうだった、佳平よ。お前も、香を聴いていくがいい。」
香は、嗅ぐと言わず、聴くという。佳平は、そのことは知らなかったが、宮様に言われるがまま、香炉の前に座り、手で扇いで香の香りを聴いた。これは、平民の身では普通かなわぬ栄誉である。佳平は、這いつくばるようにして平伏し、礼を言った。
「宮様、身に余る光栄でございます。ありがとうございます。」
香は、佳平の官能にうったえかけ、佳平を心から満足させた。
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