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俺の視線に気づいたのか、日崎は見ていたスマホを下にずらした。
いつもの切れ長の色素の薄い目が俺を捕まえる。
「大丈夫?」
大丈夫じゃない、という声すら空気にとけて音にならない。
日崎は少し困った表情を見せて俺の方に数歩踏み出した。
足を一歩進めるごとに浴衣の裾からすねが覗き、衿から鎖骨が見え隠れする。
その一挙手一投足がまた違う感情でさらに俺を縛り付けた。
「北田なら大丈夫」
さらに俺は動けなくなった。
──日崎に抱き締められていたからだ。
日崎に抱き締められているということに気づくのには時間がかかった。
まず最初に感じたのは日崎の体温。
かちこちに固まった体の芯が溶かされ、思い出したかのように心臓が鼓動を再開する。
日崎の右腕が俺の左腕を回って肩甲骨の下まで伸び、左腕はだらんと下がって俺の右手の甲に触れては離れてを繰り返す。
日崎がまるで小さい子を寝かしつけるように俺の背中を撫でる。その手はとても不器用だった。
──そっか、日崎も背中撫でられてた方だもんな。
そう思うとその手つきのぎこちなさにいとおしさが込み上げてきて、微笑みさえ浮かぶ。
右耳のすぐ横に日崎の息遣いを感じる。
それと同時に俺の肩に触れる胸が上下する。
「落ち着いた?」
「……うん」
もう少しこうしていたかったけれどいつまでもこうしているわけにもいかない。
掠れた声に耳がくすぐられて体の芯がさらに熱を持ち、ついさっきまで震えていたのが嘘のようだ。
体が離れる時に、日崎の柔らかい感触が首筋を伝った。それは、口づけとも言えないほどの間だったけど、その感触を覚えておくには十分すぎるほどだった。
「ありがとうございました~!」
前のバンドが観客に手を振って帰ってくる。
もう大丈夫、だって俺のギターはバンドの皆が認めてくれてるんだから。俺が信じなくてどうする。
出番です、とスタッフに言われてステージへ一歩ずつしっかりと歩く。
俺の前には日崎の背中があって、後ろには前川と橋元の足音がある。
スポットライトもなければ会場を埋め尽くすほどの観客もいない。
だけど紛れもなくここはステージで、ここには音楽の渦がある。
前川がスティックを叩く。
ワン、ツー、ワンツースリーフォーのかけ声でスネアが踊り、橋元のベースが歌い出す。
そして俺はもう忘れない最初の音をかき鳴らす。
──そして、日崎が息を吸う。
頭に余計な感情が入る余地なんかない。
いろんな感覚や思いがぐちゃぐちゃに混ざる。楽しい、眩しい、熱い──大好き。
さながら何かの芸術作品のように混ざりあって溶けて──
俺の方に振り替えって笑うその人を見た瞬間、それらが1つにまとまって俺の中で爆発する。
──男同士だとか、友達だとか、バンドメンバーだとか、そんなの関係ない。俺は日崎のことが好きだから、日崎のことが好きなんだ。
理由や好きだからどうしたいんだ、なんて知らないし、いらない。今はこの感情があるだけで幸せだから。
今この瞬間、ようやく俺は日崎に恋をした。
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