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俺じゃなくても、そうしてた?
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「これまた意外だ……」
山吹色の柑橘の良い匂いがする湯船にどっぷりと浸かり、数分前にも言ったような言葉を零した。
こういった店だから、芸者さんとはいえ多少はそういう行為とかあるのかと思っていたけれど、彼は脱衣部屋の前から先には決して入ってこようとはせず「お着替えは中の籠にありますから」とだけ言ったきりだ。
どうやら、芸者だから…というのは本当らしい。
恐らく、そこで待ってくれて居るのだろう。
何となく彼の気配がして、落ち着かなくていつもの5倍早く切り上げて浴室を後にした。
「えっ、もう宜しいんですか?」
「あー…、うん。全身浸かっちゃったから早く廻ったみたい」
本当はもう既に肌が冷たくなっている頃だけど、心配するだろうからあえて言わなかった。
「…あのさ、なんで俺にこんなよくしてくれるんだ?」
純粋な質問だった。
彼と会ったのは確か一度だけ、しかも3ヶ月前に切れた鼻緒を結ってやっただけの事しかしていないはずだ。
ここまでの至れり尽くせりなお礼をされる覚えはない。
「言ったでしょう?今晩はよく冷えるんです。樋田の夜は特に。
そんな中寝巻き一枚で寝転んでる人を放置なんて出来ません」
寝転んではいないけど…まぁ寝巻きで石段に座っていたのは確かだ。
でもそういうものなのだろうか。
答えとしては真っ当な物を得たはずなのに、自分自身さっきまで『恩返しされるほどの事でもない』と思っていたのに、
あの日のことを無かったように振る舞う姿に、何故だかモヤッとした。
ドキドキしていたのは俺だけだったのが少し嫌だった。
「そう……じゃあ俺じゃなくてもそうしてたってこと?」
だからってこんな子供っぽい、酷いことを言っていい理由になんてなり得ないのに。
「あ、いや……ごめん、言い方悪かった」
完全に冷えきった指式で急いで引き戸を開け、脱衣部屋から出て、目が合ってからもう一度「ごめん」と繰り返した。
けれど、予想通りそこに居た彼の顔は怒ってなどおらず今までと同じ笑みを浮かべて
「いえ、気になさらないでください」と桜の間の中央にあるテーブルへ向かった。
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