アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
嘘をつくのも仕事ですから
-
数十分で出てきたからか、まだ食事は運ばれておらず、お猪口と日本酒の瓶のみがお盆に乗せられ運ばれていた。
「お酌しますよ」
「う、うん」
男娼どころか遊郭に来るのすら初めてで、こういう時気の利いた口説き文句のひとつも出てこない己が情けない。
日本酒を注いで貰ったお猪口の縁を、気を紛らわすように指で弄っていると
「…さっきの話ですが、」
あまりにそわそわしている俺を気にしてか、彼は言いづらそうに口を濁しながらも言葉を続けてくれた。
「………オレが貴方の話がもっと聞きたくなったから、って言ったら信じてくれますか?」
「えっ、」
斜め下に向いていた瞳が、目線だけ俺の方にチラリと向けられる。
その色っぽい所作に、ドキリと肩が大袈裟に跳ね、持っていたお猪口から液体がびしゃりと零れ落ちた。
それすらも気にならないほどに、彼の言葉に酷く驚いた。
『私』じゃない一人称は、きっと彼が男娼としてじゃなく、一人の人間として言ってくれているのだと錯覚してしまいそうになる。
彼が今どんな表情をしているかは、あの頃より幾分も伸びた金髪によって隠されていてよく見えない。
どき、どき、早まる鼓動が沈黙の続く部屋に嫌に響いた頃、
「はは、駄目ですよ。遊女なんかの話を安易に信用なさっては。そんなんじゃ近いうち狸にでも化かされてしまいますよ」
彼はそう笑って、俺が零した酒をお絞りで拭おうと傍へ片膝をつく。
「じゃあ、嘘?」
ビクッとその華奢な肩が揺れる。
「私達は嘘をつくのも仕事ですから」
そう言った彼の顔は、お絞りで俺の流しを拭う為に俯かれていてよく見えない。
『私達』か。
さっきは『オレ』って言ってくれたのにな。
一人称が違う。
それだけなのに何故か残念だと思っていると、俺の裾を拭ってくれていた彼の動きに異変を感じた。
「………」
これは……わざとなのだろうか?
彼の手が、布巾を握っている手が着物の流し越しに、太ももの際どいラインを滑らせてくる。
また試されてる?それともこういうサービスなの?
分からない。こういう時なんて返したらいいか。
けどもしわざとなのだとしたら、何となく嫌だ。
「もう大丈夫だよ」
「ですが、」
「大丈夫だから。そうだ、きみの琴を聴かせてくれないかな」
立ち上がって傍らに立てられていた琴を手にした時に、やっと見えた彼の顔は気のせいか泣きそうな顔をしていたように見えた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
4 / 10