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第31話
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俺の名前はK。ドイツの暗殺組織エーデルシュタインのメンバーだった。なんでも今は三十代後半で、日本にいて、ハナムラという組織で殺し屋をしているらしい。推測でしかないのは、記憶がすっぽり抜け落ちているから。ドイツ語を理解出来る組織のトップである花村という男が、そう説明してくれた。
花村は父をよく知っていたらしく、父に頼まれて自分を日本へ連れてきたと言っていた。両親は既に亡くなっており、俺が頼れるのはこの花村しかいないようだった。
【俺のことがわかるか、エーデルシュタインのK】
ドイツ語がわかる人間はもうひとりいた。組織の人間でレイという名前の青年だ。三十代後半の自分より年下なのに、態度は横柄だった。わからないと答えてやれば、レイは大げさに肩をすくめ、こんな言葉を吐き出した。
【忘れてくれているなら何よりだ。では本題に入る。以前おまえに頼まれたことを反古することにした】
そう言われても、以前の記憶がないため、何のことだかさっぱりわからない。
【カナリアをここに来させる。マキに泣きつかれた。あいつらの前であんなバカなことをするくらいだから、カナリアは相当参っているらしい】
【さっきから何の話をしている? それにカナリアって……】
【わからなくていい。後で文句を言われたくないから言っておくだけ。用件は以上だ】
言うだけ言って、レイは帰っていった。
翌日、若い男と少年が病室にやってきた。若い男はマキと名乗った。左右で目の色が違っており、自分をサカさんと呼んだが、記憶になかった。少年はなぜか迷った末、カナリアと名乗った。
こいつがカナリアか。
カナリアという少年は、その名の通り男性にしては可愛らしい顔立ちだった。妙な色気も持ち合わせており、なぜか目を離せない。
この感情はなんだ? 俺はこいつを知っているのか?
とはいえ、いくら考えてもわからない。知らない、帰れと言い放つと、マキはすぐ出て行ってくれたが、カナリアは留まった。彼が側にいることに苛立ちを覚えた。
俺が怖くないのか。俺はエーデルシュタインの暗殺者で、たくさんの人間を殺めてきたんだぞ。
自分が生きるために人を殺す。それが世界の全てだと教えられた。だからこそ敵と認識した人間は、どんな相手であろうが始末してきたのだ。
『もしかして、頭痛い?』
カナリアは自分の感情に寄り添うように近づいてきた。触れられたくない部分に入り込まれるのが嫌で、すぐさま拳銃を突きつけたが、彼は動じなかった。カナリアの手が額に触れたとき、自分の中にこんな声が聞こえてきた。
(ひとりで抱え込まないで。どんなKでも俺は大好きだし、嫌いになんかならないよ)
(約束だよ、絶対、絶対、俺を置いていったりしないで)
大事な何かを忘れていると警告するかのように、胸がズキリと痛んだ。その一方でこんな言葉も沸き上がってきた。
(今は全てを忘れろ。エーデルシュタインのKでなければ、敵を倒せない)
(それが愛する者を護るためなんだ)
どういう意味だ? 人殺しの俺には、愛する者なんているはずもないのに。
『余計な事をするな、死にたいのか!?』
感情を振り払うように、カナリアの額に銃口を突きつける。さすがに動揺したが、まもなくカナリアは笑い、こんな言葉を口にした。
『いいよ。Kになら、殺されたっていい』
震えるカナリアの両手が伸ばされ、頬に触れた。彼の体温が伝わってきて、胸が抉られるように傷んだ。
俺は、この手を知っている。
本能的に感じた、カナリアを殺してはならないと。理由はわからないけれど、彼は失われた記憶に関わる人物なのだろう。
『怖いくせに、強がるんじゃねえよ』
カナリアの目に涙が浮かんでいた。銃口を突きつけたのだから、当然の反応だろう。
『泣きたいときは泣け。ガキの特権だろ』
銃口を額に当てたまま、カナリアに笑いかける。引き金を弾くことはしないけれど、このまま下げることも出来ない。今の自分に出来る精一杯の優しさだった。
『うん、ありがとう、K……』
カナリアは泣いた。声を上げ、子供のように泣き続けた。
泣き顔を見ているうちに、怖くて泣いているのではないと思えてきた。ならば、なぜカナリアは泣いているのか。彼の顔を見ていると胸が締めつけられるのはなぜなのか。いくら考えても、今の自分には全く理解出来なかった。
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