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各国壁ドン事情 薄紅の国編3
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王が真上から見下ろした男は、呆気に取られた間抜けな面を晒している。だが、さすがは王自らが選び抜いた顔だ。呆けた間抜け面ではあるが、それでも変わらず美しい。そのことに満足して麗しい笑みを浮かべた王は、つつ、と足を動かして、つま先で男の顎を持ち上げた。そして、艶然たる微笑みが男へと向けられる。
「どうしたの? こうされたかったのでしょう?」
壁と床で多少の差異はあれど、やっていることにそう違いはない。要は追い詰める形になればいいのだろう、と判断しての行動である。国民が望んでいるのならば、叶えてやるのが良い王と言うものだ。美しいものに囲まれて気分も良かったし、自分の寝所を華やがせてくれる者たちへ褒美をあげるのも悪くないと思った。
さて、これでさぞ満足のいったことだろう、と薄紅の王が改めて下に敷く男の顔を確認すると――
「……あらぁ」
男はすっかりと気を飛ばしてしまっていた。
足を退けた王が、しゃがみ込んで男の顔を覗き込んでみる。真っ赤に上気した顔と、昇天したようなその表情には見覚えがあった。
薄紅の王のとんでもない美貌を過剰摂取しすぎた人間が、よくこうなってしまうのだ。普段から王宮内でもたまに被害者が出るし、国民が王の舞を拝謁できる儀礼祭などでは、王の美しさにあてられて失神してしまう者が続々と現れる。そのため、薄紅の国での祭りでは他国よりも多くの救護班を用意するのが通例だ。
寝所にまで招かれる者がこうなるのは稀なのだが、この男は寝所に侍るようになってまだ日が浅い。王にはそのつもりなどなかったが、王の美しさへの耐性が低い者にとっては物凄く刺激的な体験だったのだろう。
「……困りものねぇ」
そう呟いた王が、頬に手を添えて小さく息を吐いた。
己の美しさのせいで男が失神してしまったことに困っている、という訳ではない。薄紅の王が美しいのは当然のことであり、それにあてられた者が失神するのもまた、自然の摂理だ。美しいことこそ至上としている王にとって、己の美しさで倒れる者が出るというのは寧ろ喜ばしいことである。
ならば何が困りものなのかと言うと、単に男が床に転がっているという現状が、である。これが芋であればそのままで問題ないが、男は王に認められた美男だ。美しいものを床に転がしておくのは、忍びないのである。
だが、だからと言ってこの男を寝所まで運ぶ気になるかと言うと、それは有り得ない。何故なら王は基本的に、食器類より重いものを持つつもりがないからである。
そんな状況だったので、王は早々に結論をつけた。ここに侍らせている者たちはそういうことをさせるための人手ではないのだが、自分で運ぶのはもっと嫌なので、彼らに運ばせてしまおう。
そうして指示を出すために振り返った薄紅の王は、きょとりと瞬いた。
振り返った先、寝台の上にいる男女たちの、その表情。
煮詰めたような熱が点っている顔から、正確に彼らの感情を読み取った王は、もう一度瞬きをしたあと、うっそりと艶やかな微笑みを浮かべた。
「仕方がないコねぇ」
そう言葉を紡いだ王の手が、そっと彼らに向かって差し伸べられる。
「いらっしゃい。あなたたちも踏んであげるわ」
その言葉に、全員雪崩れるようにこぞって床に降りたのは言うまでもなく。
結局その夜の王は、床に転がって気を失っている男女を余所に、一人寝をするはめになるのであった。
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