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その夜。
叶弥が入浴している間に、炎と氷が蒼の部屋に訪れていた。
「主人、ご報告があります」
氷がそう言って頭を下げた。
炎はドアの横に立ち、廊下に意識を向けている。
「何だ」
「紅様が件のご友人に接触を」
「……そうか」
「把握することの出来た範囲ですと、紅様が彼を引き取るとのことです」
氷の言葉に蒼は天を仰いで目を閉じた。
嫌な予感はしていたが、この展開は予想していなかった。
あの2人が手を組むことはおろか、紅が自分から近付いていくことも。
紅は関わるのは最低限でいい、食事の面で便利だからと言う理由で共存派に属しているだけで、人間嫌いだ。
自分から関わりにいくなんて考えられないタイプだった。
ましてや引き取るなんてことは今までの紅では有り得ない。
「何を考えているんだアイツは……」
「私達が聞くことが出来たのが施設に入る少し前でしたので詳しいことは分かりかねますが……あのご友人は叶弥様のことを好いていらっしゃいますのでその辺りでしょうか」
「……利害の一致というやつか」
天を仰いだまま、苦々しい声を出した。
「恐らくは」
「また厄介なことを……」
「叶弥様に何もなければ良いのですが」
「……叶弥様が戻りましたよ」
炎が部屋2人に聞こえる程度の声で言う。
さっと表情を変え、会話を即座に変えた。
「蒼ー?入っていい?」
コンコンとノックの後に叶弥の声がする。
「ああ」
「失礼しまーす……って炎と氷も居たんだね」
「ええ。就寝前のお飲み物は何になされるのかと思いまして。叶弥様はまだ入浴していらしたのでお待ちしておりました。何をご用意致しましょうか」
「そうだったんだ、待っててくれてありがとう。んーと、ホットココアかなぁ」
ふにゃっと叶弥は笑って、そう言うと氷は安心したような顔をして、かしこまりましたと頭を下げる。
ただ、叶弥はこの空気に違和感を覚えていた。
「では、後程お持ち致しますね」
「主人はホットラムカウで良かったんですっけ?」
「さっきもそう言っただろう」
呆れたような蒼にてへへと炎は笑った後、氷と2人で出ていった。
しん、と部屋が静まり返った。
「叶弥」
蒼が視線を叶弥に向けた。
珍しく、少しだけ冷たさを含んだ視線に叶弥はびくりと肩を震わせた。
身体を貫かれた様な、そんな感覚に襲われる。
それに気付いたのか、蒼は一度目を手で覆ってからもう一度叶弥を見た。
その目はいつもの優しい瞳になっている。
「叶弥」
もう一度、蒼が呼ぶ。
叶弥はたっ、と蒼に駆け寄ってそのまま飛び付く。
座っていたままの蒼は少しバランスを崩したものの、しっかりと叶弥を受け止めた。
「どうした」
「んー……何か蒼が変だったから」
蒼の首に顔を埋めたままぽつりと答えた。
元々、他人の顔色を窺うところがある。
だからこそ、この違和感に不安を覚えたのだ。
「そんなことはないと思うが……紅が来たから知らない内に疲れてしまったのかもしれないな」
「そんなに苦手なの?」
「苦手……そうだな、俺には合わないんだアイツは」
はあ、と深い溜め息。
これは嘘ではない。
昔から、蒼は紅の纏う雰囲気であったり性格であったり物言いであったりと、何かと苦手だった。
何よりも自分に対する態度も辟易とするもので、なるべく顔を合わせたくなかった。
悪い奴ではない、けれど胡散臭さがあって苦手。
それが蒼の紅への印象だった。
吸血鬼の中でも特に美しいとされる者達が10人居る。
蒼と紅はそこに名を連ねる2人だ。
特に紅は人当たりだけはいいので、他の吸血鬼からもそこそこ人気のあるようなタイプなのだが、その人当たりの良さにも胡散臭さを感じている蒼はなるべく関わりたくない。
けれど紅から関わってくる。
それがどこまでも憂鬱で仕方のないことだった。
蒼の視界に白くてほっそりとした首筋が入る。
身体のそこから沸き上がる様な熱を感じて、衝動を抑えきれない。
「……蒼、いいよ。多分、貧血にはならないと思うから」
以前、毎日の様に血を求めていたら叶弥が貧血で倒れてしまったことがある。
それからは、蒼が限界に達するまでは吸血を求めないようにし、吸血から日数があまり経っていない時は元から使っている輸血パックで済ませていた。
蒼の白目の部分が徐々に黒くなり始める。
普段でもあまり起きない程の衝動でいつもの吸血よりも吸血量も多くなるので負担は大きい。
だが、叶弥は離れる素振りもなく、むしろ吸血しやすい様に首を傾ける。
耐えきれず、蒼はその首に噛みついた。
「んぅ……っ」
痛みとゾクゾクしたものとが同時に身体を走り抜けた。
蒼が血を吸う度に、それが走り抜けて頭が痺れそうになる。
痛いのに、それとは別のもの。
痛みと共に走るのは快感に似たものだった。
いつもよりも長く、数分も経ってからようやく蒼は叶弥の首から口を離した。
若干、叶弥は肩で息をしている。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。頭がクラクラするとかもないよ」
顔を上げた叶弥を蒼が心配そうに覗き込んだ。
少しだけ血色は悪いものの、そこまで酷いものでもない。
叶弥は特に体調が悪いようにも見えない。
「少し落ち着いた?」
「ああ、すまないな」
「いいよ。僕、蒼に血を吸われるの好きだから」
「変わっているなお前は」
蒼に求められるものなら何でも嬉しい。
身体も血も、魂でさえも。
蒼に求められるのならば全て捧げたい。
不意にノック音がして、向こう側から失礼致しますと氷の声がする。
蒼が入れと声を返すとガチャリとドアが開き、トレーのカップを2つ乗せた氷が入ってきた。
後ろからは炎が顔を覗かせている。
「ホットラムカウとホットココアをお持ち致し……」
そこまで言って、氷は眉を寄せた。
くんくんと臭いを嗅ぎ、叶弥の顔をまじまじと見る。
「……まだ以前の吸血から時間は経っていない筈ですが?」
「主人また吸ったんですか?!最低でも3日は空けなきゃダメって言ったじゃないですか!」
氷は静かに蒼のベッド横にあるサイドテーブルにカップを置くと、ギロッと蒼を見た。
その目は悪戯をした子供を叱る母親の目だった。
「また、叶弥様が倒れられたらどうなさるおつもりですか。叶弥様も倒れたら困るでしょう。何故離れなかったんです」
静かな声なのだが、怒気が含まれている。
冷たい炎が氷の後ろに見えた気がした叶弥は顔を引きつらせているし、後ろからは見ていた炎はにこにこしたままそっと部屋を出て逃げた。
「僕が良いって言ったんだけど……」
「そう言う問題ではありません」
叶弥の小さな言い訳はピシャリと氷に切り捨てられた。
「私は申し上げた筈ですが?叶弥様は人間故に脆いので貧血で倒れてしまうから最低でも3日は我慢してくださいと。叶弥様にも3日は吸わせないように気をつけてくださいと申し上げましたよね?」
使用人とは思えない程の圧で、主人である蒼と叶弥へ怒りを向けた。
「ご、ごめんなさい……」
「悪かった。すまなかった。だから怒るな」
ひぃ!と小さく悲鳴を上げてすぐに謝罪をする叶弥と、めんどくさそうに適当に謝罪をしてあしらう蒼。
「……炎。貴様、何を逃げている?戻ってこい」
蒼はちらりと先程、炎の出ていったドアに向かって低く言葉を投げる。
小さくカチャ……と音を立てて恐る恐る炎が顔を覗かせた。
3人の視線が炎に注がれる。
「あ、のー……」
「お前のパートナーだろう連れていけ。機嫌はお前が取れ」
「えー……」
機嫌の悪い氷は炎でも厄介だ。
きっと氷に激しく求められるし、足腰が立たなくなることは覚悟しなくてはならないだろう。
「明日は2人に休暇をやる。さっさと連れていけ」
「……ひょ、氷行こ……?」
氷はもちろん怖いが、それよりも黒いオーラを放つ自分の主人の方が余程怖い。
どちらを怒らせた方がマシかと聞かれたら迷わず氷を怒らせるくらいには、蒼の機嫌は損ねたくない。
ただでさえ今日は、蒼の機嫌を損ねるような事態が起きていて、蒼を悩ませているのだ。
これ以上はよろしくない。
「……以降はお気をつけくださいね」
まだ怒気の含まれた声音のまま氷は踵を返し、炎の腕を引っ付かんで部屋を出ていった。
「本当に氷の過保護には困ったものだな」
「何がすごいって、蒼に対してもズケズケ言うところだよね」
「拾った頃は借りてきた猫の様に大人しかったのだが。まあ、あの方が信頼出来ていい」
小さく息を吐いた後、蒼は叶弥を抱き締めたままベッドに倒れ込んだ。
「蒼、今日は疲れてる?何か疲れた顔してる」
「いや、そんなことはない。多少は疲れもあるがそこまでではない」
「なら良いんだけど。心配だよ」
蒼の胸に頬を当てて、呟くように言った。
目には少し涙が溜まっている。
「無理をする趣味はないからな。調子が悪ければちゃんと休むから気にするな」
叶弥の目尻に溜まっている涙を拭いながら蒼は言う。
「約束だからね……?約束破ったら1年は血は吸わせないから……!」
「それは困る。それでは気をつけないといけないな」
沈黙が流れた。
胸に頬を当てたままの叶弥とそれを抱き締めた形の蒼。
不意に蒼は叶弥の顎をクイッと持ち上げて自分の方へ顔を向かせた。
自然と目が合う。
蒼と目が合った瞬間から、叶弥の身体は熱を帯びた。
それは、その目に宿る光が何かを知っているから。
蒼はそっと叶弥に口付けする。
最初は触れるように優しく。
そして段々と深くなり、叶弥の口内を犯す。
叶弥の歯列をなぞり、逃がさないとばかりに叶弥の舌に自分の舌を絡めた。
「んっ……ふっ……ぅ」
蒼に必死に応えながら、ぎゅっと蒼の襟を握る。
苦しそうな叶弥の表情を確認すると、蒼は一旦唇を離した。
叶弥の肺を酸素が満たす。
呼吸が落ち着くのを待ってから、蒼はもう一度深いキスをした。
何度も何度も角度を変え、深く深く叶弥の口内を蹂躙する。
部屋には舌の絡まり合う音の2人の微かな呼吸音だけが響いている。
「ん……はっ……」
蒼が唇を離すと、名残惜しそうに銀色の糸が引いた。
「蒼……今日はここで寝ていい……?」
「明日は休日ではないだろう」
叶弥が蒼の部屋で寝るのは休日前だけ。
理由としては蒼が激しくしすぎて翌日に支障をきたしても困るからだ。
側に寝せておくと叶弥の足腰が立たなくなることもあるので、連休中や休日前だけと、氷と約束している。
「やだ……ここで寝る……」
「……明日、氷に怒られても知らないぞ」
「別にいいもん」
蒼の胸に顔を埋め、子供の様に駄々をこねる。
これはきっと言うことを聞かない上に、部屋に無理矢理戻すと後で拗ねて泣きながら部屋に来ることは想像できた。
何故か、蒼に対してだけは叶弥はとてつもなく子供らしくなってしまう。
「好きにしろ」
「えへへ、やったあ」
嬉しそうな声。
叶弥は顔を埋めたまま、蒼の背中に腕を回した。
そんな叶弥を蒼は大事そうに抱き締める。
しばらくすると、腕の中からすうすうと寝息が聞こえた。
安心したのか眠ってしまったらしい。
この体勢では叶弥を抱き抱えて部屋に戻すことは出来ない。
無理に身体を動かせば起こしてしまう恐れもある。
「明日は大人しく小言を聞くとするか……」
諦めた様にそう呟いて目を閉じた。
眠りに落ちるわけでもなく、ただこの先のことについて、そして誰よりも愛しい恋人について思考を巡らせた。
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