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5年前の文通
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入学して何日か経った頃だった。クロは相変わらず俺意外とは関わろうとしないし、本ばかり読んでいる。移動教室や用足し以外ほんと席を立たないから健康に悪いぞと思いながらもそのままにする。
ある日、俺の2つ前に座る席の奴の隣を通り過ぎた時だった。特徴的な文字が目に留まった。その文字の形に俺はものすごい既視感に襲われた。どっかで見たことがある文字の形、か弱そうなの文字なに生きているかのような線で文字を書くその人物を俺は知っている気がしたのだ。いったいどこで見たのだろうか、と考えて考えて……午後にあった国語の授業で今日から入る、国をまたぎ手紙で繋がる物語を聞いて徐々に過去の実家に帰省していた期間のことを思い出した。
始まりは確か、小学5年生の夏休みだった。
夏休みの宿題は出されてすぐ終わらすタイプだったため帰省するときにはすでに暇を持て余した。帰省といっても親戚が集まり大人たちがただ群がるだけの、子供にとっては退屈な場でしかなくてよく物語に出てくるような丁度遊び相手をしてくれるお兄ちゃんや年下はいなかった。いつもはクロとずっと一緒にいたし、クロが居ない時は校庭で遊んだる奴らに混ぜてもらっては暇を潰していた。だが、ここには子供が時間を潰せそうなものは何にもない。森に行こうにも1人ではつまらないし、川へ行こうにも以下同じく……1人では何もつまらない。あまりにも暇すぎてこの町唯一の娯楽である市民館へほんの少しの暇潰しにでもなればと足を運んだ。
特に期待もせず入館したが、驚くほど手に取る本一冊一冊がどれも小学校には置いていない初めて出会うものばかりで予想以上に面白かった。外見は、もう何十年と建ってますみたいに壁は汚れてちょっとぼろい感じなのに、置いている本は昔の本から最新の本までだし、ジャンルも知ってる図書館より幅広かった。
ここでは本当に小学校や市販の本屋さんでは見ることのない海外の本からマイナーな本までもが置いてある。ここはいろんな本と出合えるから、いつかクロも連れてきたいと思うほど気が付けば楽しい場所になっていた。
それから残りの帰省期間をほとんどこの市民図書館で過ごした。
出来事が起きたのは、市民館に行き始めて一週間後の事だった。
ある一冊の本を手に取り読み終えた時の事。昔使っていた記録用紙を入れる封筒に、最近入れたであろう紙が綺麗に折られて挟まっていた。特に深く考えずにその紙を広げ見て、ハテナが浮かんだ。
そこには誰かに向けた問いのような、それとも独り言を挟んだのだろうかどちらにもとれる短い文章が書かれていた。だがそれよりも、そこに書かれた文字がその問いよりも俺を引き付けた。子供らしい字の感じだからきっと大人ほど歳のいった人ではないのだろうけれど、とにかく綺麗だった。よく見るとうまく書けなかったのか所々書き直した消し跡が残っていて思ったよりも真剣にこの紙と向き合ったことが伝わってきた。
しかし、この字はとにかく人の目を引く儚い字なことだ、と強く思ったのを今でもはっきり覚えている。
その手紙を数分眺め、そして何となく思った。この紙はもしかしたら見つけた誰かと文通するようなものかもしれないと。そんなロマンチックみたいなことだったらと思うと、無我夢中で受付から鉛筆を借りてさっき挟まっていた紙の余白に、たまたま見つけたことと、これがもし文通のようなものなら帰省期間の俺とぜひやり取りをしてみないかと書き足して元の場所に戻した。
それから、図書館に入り浸っているのもあってかすれ違いなく返事を受け取ることが出来た。
返事はOKだった。その日から、2日間隔で紙を回した。互いに名前も年齢も性別も知らなかったが、知らないからこそ色んな本音を躊躇なく書けた。
お互いにこんな風に語り合えるのは俺が帰省したこの夏休み期間のほんの数週間でしかない。過ぎ去る時はあっという間だった。それでもより濃くて大事な時間を過ごしたと思う。いつか手紙の向こうにいる相手に会えるだろうか、とわくわくするこの感じ。手紙も不便さはあるが悪くないなと思った。
小学校を卒業して春休み期間に男女の双子が生まれ、俺はお兄ちゃんとなった。看護師の母に変わり在宅ワークの父と俺が兄弟の面倒を見たり世話をした。中学一年の時も帰省したが、兄弟の面倒見をするのは当然兄の役目だった。去年と違い暇という暇はなかったが、例の文通にはどうして会いに行きたかった俺は、初めて親に我儘を言った。昼から16:00まで自分の時間を欲しいと。両親は初めて強く願った俺の希望をすんなり受け入れ、むしろ元気よく外に放り出された。
その年もしっかり約束を果たしに文通の元へと向かった。
毎年憂鬱で嫌いだった帰省も、顔も誰かも知らない文章によって楽しいものに変わっていた。来年もその先も……、いつか住所を教えてやり取りをして、そして本人に会って仲良くなりたいと密かに願った。
しかし、翌年。中学二年の時、事件以降双子の弟の記憶と当時の記憶を喪失していたクロに突然記憶が戻りパニックを起こした。唯一の幼馴染で家族のように共に育ってきたクロを失いたくなかった。それからはクロに付き添うと決めて、帰省はお盆の墓参り程度でいつも数週間泊まっていたのも一週間も帰省しない形となり、やり取りができる日数はなく、それ以降文通は途絶えてしまった。
何も伝えることができずに終えてしまった文通。最後に一言くらい直接会って言いたかったと今でも思っていた。だからこそ、その文字を見て過去を思い出した時、今度こそやり直して紙でしか知らない仲からちゃんと会って仲良くなろうとお思った。本人と断定できた訳では無いがそこは賭けだ。
今また、昔のように手紙を渡したら気が付いてくれるだろうか。そんな好奇心に、行動あるのみと俺は放課後、××の下駄箱に手紙を仕込ませてクロが待つ図書室へと向かった。返事は僕らが初めて出会った本に挟むように書いておいた。例の本が奇跡的にこの学校に存在していて、運よく昔使っていた記録用紙を入れる封筒が付いていた。それにここ数年貸し出されたような記録はなく、きっとすれ違いはないだろうと確認した。××も図書委員の一人だからきっと気が付くだろうと思った。これもまた好きな賭け、というやつだ。
それから入学してもう半年、××は未だ俺の顔を知らないが、同一人物だったことが判明して以降再び文通をしている。俺は下駄箱に居れて、××は相変わらず本に挟んで回している。
そろそろ互いに顔合わせをして直接話がしてみたいと思った。昔話をしたい。最初の方に手紙で同じクラスなことは伝えているが、相手は特に深く関わろうとする行動も返事も無かった。クラスは三年間変わらず持ち上がり制だし、一年次のうちに顔見知りになり仲良くなりたいと思っている。
今も、昔のように××のおかげで今を少し楽しんで過ごしている。俺の小さな楽しみだ。
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