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第一話
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――お前の友達さ、ストリート最速の男だろ。
桃谷結斗(モモタニユイト)は、この日まで幼馴染が何をしているのか知らなかった。
「車?」
「違うって」
結斗は現在、大学の食堂のテラス席で学生の欲望を全て詰め込んだようなラーメンに舌鼓をうっていた。
コーンに唐揚げにもやしにチャーシュー。おまけに卵焼きまで乗っているラーメンは、最近学生のリクエストでさらにバターのトッピングまでもが追加された。
魔性のラーメンは、もう禍々しい魔物と化している。
――最速の男?
奇しくも、昨日、電子でダウンロードした走り屋のマンガが面白くて、夜更かしをしたところだった。
ストリートで車で転がしてる友人なんて自分にいただろうかと、醤油ベースのスープがしみしみになったラーメンの唐揚げを口の中で咀嚼しながら、頭の中で検索をかけてみる。
一人だけ免許を持っていて、車の運転ができる友人はいた。
しかし、公道を攻めるような男でもないし、キレてスピード違反もしない。
本人の実際の顔は別として、この世の全てがつまらないような顔写真の免許証はまだ取得して一年くらいだ。
何回か助手席に乗せてもらったが運転は丁寧だった。
「なぁ、この時間だったらまだ『桜花殿』いるんじゃねーの、俺SNSフォローしててさ、見に行こうぜ」
「俺、まだラーメン食ってるの」
「じゃあ、それ食ってからでいいから、桃谷さ、友達なんだったら教えてくれればよかったのに」
「で、誰だよ。その最速の男って」
「この前一緒に歩いてたじゃん仲良さそうだったのに、ストリートピアニストの純」
篠山純(シノヤマジュン)のことは姿形も細部まで鮮明に思い浮かべることができる。
結斗のように染めて痛んだ髪じゃなくて、一度も染めたことのないサラサラの髪。鼻筋の通った顔。寝起きは、二重が、三重瞼になる切れ長の目。あと、この季節だと、いくらするのか考えたくない、ブランド物のオフショルの黒のチェスターコートを着ている。昨日も会ったし、このあとも会う予定があった。
簡単に想像できるのに、友人の言う「最速の男」には心当たりがなかった。
「純?」
「やっぱり友達なんじゃん、紹介してよ」
「紹介って……純を?」
「有名人とお近づきになりたい」
そこからは、上の空でせっかくの大好きなラーメンの味がしなかった。
半信半疑だったが、それでも、ピアノと言われて「良かった」と思った。
大学でよくカラオケに一緒に行く瀬川の口から聞いた親友の情報に、その瞬間「嬉しい」と「寂しい」の音が半分ずつ心の中に降ってきた。
楽しい音と悲しい音は、簡単に想像出来たのに、複雑に入り混じったその音は知らない。
純だったら、結斗の頭の中にある今の音をピアノで鳴らせるのだろうか?
結斗の前以外でピアノを弾かなくなった純が、再び人前でピアノを弾いていることを嬉しいと思うのに、同時に罪の記憶が呼び起こされる。
純とは時間があれば、昔も今も、いつも一緒にいたし、家族同士も仲がよかった。
知らないことと言えば、お互いの「初恋」くらいだという自負もあっただけに、結斗は少なからずショックだった。
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