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第八話
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中学は同じだったけれど、高校は純と別だった。理由は単純に結斗が落ちて、滑り止めの高校に行ったから。
受験時点でお互いそれほど学力に差はなかった。
純も併願で同じ高校を受けていたので、純が結斗と同じ高校に行くことも出来たが、純はそれをしなかった。
多分結斗が同じ立場だったら、わざわざ純と同じ高校にしなかったと思うし、そんなことをされたら、普通に怒っただろう。純も残念がるどころか「仕方ない」とあっさりしたものだった。
そもそも、中学でも、学校ではお互いのことに干渉していなかったし、自分たちの距離が他の友人たちと違うのは、なんとなく中学生になれば分かっていた。
結斗が馴れ馴れしく純の交友関係に入っていくことで、純に迷惑をかけたくなかった。
そんな理由で、一度は学校が離れたが、結局大学は、また同じになった。お互いに誘い合わせて決めたわけじゃなかった。近場で家から通える大学を選んで受験した結果そうなった。結斗自身、その純の言葉の全部が本当とは思っていない。
自惚れてもいいなら、高校が別で純は寂しかったんじゃないか、と思っている。
もちろん、純と同じ大学だったところで学部も違う、なんら不都合もないし、同じ大学でもそれほど外で純と話す機会はないと思っていた。
お互いに講義が詰まっていた一年生までは大学で平穏に過ごしていた。二年になり、時間割に余裕が出てきたころ、急に純は大学で結斗に声をかけるようになった。
家の中では相変わらず、子供の時みたいにベタベタしていても、外だと周囲の目が気になって仕方がない。
――誰よりも距離が近いから。
この間、純が界隈で有名人だということを知ってから、さらに周りの目が気になった。
わざと自分の交友関係を見せびらかすつもりか、今までの空白時間を埋めるがごとく、知らなかった「外の純」を知る機会ばかりに遭遇する。
午後、一緒に帰りたいからと、純に呼び出され学内のカフェテリアで待っていたら、純が入り口のガラス扉を開けて颯爽と目の前に現れる。
そして、嫌でも気づく。
(見られている、周りの人に、すげー見られてる)
元々、綺麗な男だということは知っていたが、そんなに見たいか? と思った。
「クリスマスさ、どこか一緒に遊びに行かない?」
正面の席に座った純は、結斗にそう切り出した。
「ッ、は、はい?」
声が裏返って、飲んでいた缶コーヒーでむせた。
(めっちゃ聞かれてる! めっちゃ! 見られてるし、後ろ! 前!)
周りからの視線が痛かった。
「いや、だから、クリスマス、なんか予定ある?」
家の中なら、純に何を言われても動じない自信はあったけれど、衆人監視のなかは無理だった。
「ゆい、聞いてる? あとコーヒー拭きな」
「うん……聞いてる」
「変な結斗」
「……うん」
あれから、結斗は、ネットで純の動画をいくつか見た。純は、動画サイトで「王子様」と書かれていたし、ファンコメントは賛辞の嵐。
次はこれが聴きたいといったリクエストもあるが、純はそのリクエストに応えることはなく、ただ好き勝手に、その日の気分で弾くだけ。
動画主なのに、これを弾きます。以外には特に何も喋らない。
(チャンネル登録よろしくね(星キラリ)とか普通言うんじゃないのか?)
さらに、純のコメントの返信は、一律「ありがとうございます」だけという素っ気なさだった。そんな愛想のなさで、この先やっていけるのか結斗は不安だった。
(ピアニストになるんじゃないのかよ)
自分たちは、おかしいと思う。けど、その近すぎる距離感を失いたくないと思っている結斗の方が、もっとおかしいことも知っている。
――純はいま外の世界へ羽ばたこうとしている。
自分を置いて、遠くに。
結斗だけが、ずっと純の部屋の地下室にいる気がした。そして、それを幸せだと思っている。
「クリスマス、親ら、ニューヨークで遊ぶんだって、お前それでいいのかよ、放って置かれて」
「別に、結斗がいるし」
「……あっそ」
「なんか、亜希さんに言われたの?」
「純くんに遊んでもらえって」
遊んでくださいとは、言いたくなかった。
「そう、だったら」
純がそう言いかけた時、後ろから名前を呼ばれた。振り向くとそこには、瀬川がエプロン姿で立っている。
「桃谷、お前今日カフェのバイトだろ」
「え、シフト入れてた?」
言われてハッとした。結斗は学内のカフェで週何回かバイトをしていた。いつも、バイトの時間を忘れることはないが、今日は頭のなかから抜けていた。
――純に呼ばれるまでは多分覚えてた。
(やっぱりどうかしている)
「ガッツリ入れてんぞ三時から。優雅にお茶飲んでるから声かけてみれば、お前は、今から俺と交代!」
「やべっ……ごめん、純。バイトだった」
「うっかりしてるなぁ。ま、いいけど、じゃあ、バイト終わって時間あったらウチ寄って話あるから」
「あ……うん、じゃあ後で連絡する」
そう、改まって純から話があると言われても、なんの話か分からなかった。
結斗が席を立って、仕事場のカフェカウンターの中へ行こうとした時、瀬川が純に気づいて声をかけた。
「あ、ピアニストの『純』さんですよね」
「はい」
――よそ行きの声だ。
そう思った。
「いつも動画見てます。この前の超絶技巧練習曲シリーズのやつ最高でした! 俺クラシックとか分からないんですけど『純』さんのピアノがほんと好きで」
「――ごめん瀬川、俺、先に行く」
「おう! またな」
そう言ってカウンターの中に入ってエプロンを着て仕事を始める。注文されたドリンクを作りながら、まだ瀬川と話している純を横目で見た。
結斗はそれ以上、瀬川と純が喋っているところを聞いていたくないと思った。中学の時は、こういう場面では、何も思わなかった。
けれど、今は説明できない、むしゃくしゃがいっぱい心の中に溜まって、苦しくなる。
小さい子供みたいな、この醜い独占欲を今すぐ消したかった。
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