アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第十五話
-
夕方のバイトの時間までという約束で、峰と軽音部の部室へ行くと、そこには瀬川が言っていた通り機材が揃っていた。
「今までだーれも歌わないからさ、インストばっかりだったし。嬉しくって、峰から連絡もらって速攻きちゃったよ」
峰と待っているとバンドメンバーたちが、集まってきた。最初にバイトまでの時間だと約束していたので、メンバーたちは、話しながら、それぞれ効率よく準備に取り掛かっていた。
「つか先輩たち、授業サボって卒業大丈夫なんですか?」
「そう思うんだったら、こんな楽しいお誘いやめてよね」
「君が、ももくん?」
「あ、はい。でも、ホント、俺、ただのカラオケしにきたみたいな? そんなので……」
「いーんだって、俺らも別にプロ目指してるわけじゃないんだし、趣味バンドだよ? 一緒に遊んでくれたら嬉しい」
峰のバンドのメンバーは、結斗が注文した通りに演奏してくれた。こんな感じが良いと結斗が歌って、峰たちが、その通りに弾いて確認していく。狭い軽音部の部室は、結斗にとっていつも行っているカラオケルームと同じだった。けれど、バンドの生音は心地よく身体中に響いた。いつもなら、コントローラーを使って、結斗が好きにいじっている音も人が演奏すると自由に細かい調整がきく。
ここは、スピードを上げたい。ここはゆっくり。そういって、自分の思い通りに響く音は気持ちよかった。
――まるで、純のピアノ。
純の場合は、結斗が何も言わなくても伝わってしまう。魔法のように。
結斗は、歌いながら頭を振った。どうしても、純が頭の中から消えなかった。
(そんなのは、いやだ。俺はもう一人でも大丈夫だから)
鬱屈した気持ちを晴らすためのカラオケだったのに、ちっとも晴れやしない。
再び声が、歪んだ。歌詞に勝手に自分の感情が乗る。
気分爽快になる曲のはずなのに、隠そうと必死になっていた寂しさが溢れていた。
純のピアノの伴奏以外で歌えば、胸がすっとするはずだった。
ひとりでも大丈夫だって自信が持てるはずだった。
お前が、そうやって、誰かと楽しくやってるあいだに、俺だって楽しくやっている。
――ざまぁみろ。
けれど、そんなふうに、少しも思えなかった。結斗の心の中にあった真実は、歌詞と相反する感情だった。
ひとりにしないで。
前を向いて歌っていたから、バンドメンバーたちから、結斗の顔は見えていなかった。
歌い終わって、頬に伝っていた涙を慌てて袖で拭う。
純と結斗が過ごした日々は、全てが完璧だった。悲しいときも嬉しいときも、純がいたから幸せだった。
だからこそ、こんな、腹立たしい関係があってたまるかと思った。そばにいればいるほど、寂しくなる。
純のことが大切だからこそ、もう離れなければいけない。周りと同じように純の前で楽しく笑えるように。
けれど、時間が、距離が、甘えたな自分の心が許せない。あんなにも、優しくされて、温かくされて、自分からひとりになるなんてできるはずがなかった。
「いやぁ、カラオケなんて、とんでもない。マジでびっくりした。ももくんスゲェ」
昼にサイトで見た動画のコメント欄と同じだった。バンドメンバーたちは、結斗の感情をおいてけぼりにして盛り上がっている。
――絶対、これいけると思う。なんか、世界が変わったっていうか。
――なぁ、これも投稿していいか? 瀬川に渡そうと思うんだけど。
峰たちに言われて、結斗は笑顔でオッケーを出していた。
少しも楽しい気分にならない、こんな歌なんて誰も聴きたがらないだろうと思った。
結斗が歌ったこのひどい歌で世界か変わるなら、いっそのこと全部変えて欲しかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
15 / 21