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主人と執事
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その執事の主人は、このご時世に珍しく、心に温かみのある人間であった。どこのどんな身分の者にも平等に接し、また誠実な性分で、何にでも真剣に取り組む。自分だけ気持ちのいいソファにふんぞり返っているということもなく、真面目にやるべきことをやる。そんなであれば、近くに仕える執事であればなおさら、抗えるわけはない。彼の魅力にあてられてしまうこと。
その日は、取引先との商談が長引いた。出先に付き添っていた執事も、もちろん本来の勤務時間などとうに終わっている。
帰りの車の中、運転席に執事。助手席に、主人。発進し取引先の屋敷を出ると、「はー……」主人が深い溜め息を吐いた。
「遅くまでお疲れ様でした。うちに着きましたらすぐ、お風呂の用意をさせて頂きます」
「すまないね、ユリス。本当ならもう休んでいる時間なのに」
「いえ。お気になさらないでください」
ーーーむしろ嬉しいですよ、あなたといつもより長く過ごせていて。本当はもっと一緒にいたい。執事としても、個人としても……。
……などとは、言えない。自分はあくまで、主人と務める屋敷へ最高のサービスを届けるためにいる。自分のそんな、ウェットな想いを表へ出すわけにはいかない。
途切れた会話。信号で止まると、ふと感じる視線。その元を辿ると、こちらを見る主人の目と目が合った。
「どうかされましたか?」
「別にどうもしないよ。ただ、君の横顔は美しいなと思ってね」
「……はは。ご主人様は、人を褒めるのが本当にお上手でいらっしゃる」
「褒めているんじゃない。思ったことを、言っているだけさ」
「………」
狡い、なぁ………。
そんなだから、俺はあなたに惹かれてしまう。
「ご主人様」
好きです、
と言いかけた、まさにそこというタイミング。半ば無理矢理に道路を横断しようとした歩行者に、執事は急ブレーキをかけることとなった。
咄嗟に謝ることとなる執事。優しい主人は、誰も怪我がなくてよかったと微笑んでくれた。
再び車を発進させ、落ち着くと、気になってくるのは宙ぶらりんとなった先ほどの言葉である。言うか言わぬか迷っているうちに、「そういえばね」と、主人が違う話を始めた。となれば愛の告白をする雰囲気では到底なくなり、執事は件の四文字を飲み込むこととなる。
ーーーきっと、その方がいいということなのだろう。
やはり、出過ぎた想いはよくない。執事として彼の側にいられるだけで、十二分に幸せなことなのだから。それ以上を望むのは、あまりにも贅沢だから。
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