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黄霧四塞
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何かの物音に脳みそが反応して目をかっぴらいた瞬間、飛び込んできたのは畳と食いかけのお菓子の袋、野球ゲームのアプリが開きっぱなしのスマホ、耳に入ってきたのは時計の秒針の音といつも隣りにいる人の微かな呼吸音―――
「あっっ!!!」
「おっ、起きたか?」
「あれ…俺…」
「何、どした?」
「いや……寝てました…?」
「見ての通り」
お台場のTV局でレギュラー番組の収録、2本撮りの1本目が終了して楽屋に戻った瞬間、機材トラブルがあり2本目が遅れるとスタッフさんが出演者全員の楽屋に謝罪して回っていた。
もちろん、俺達の楽屋にも。
こればっかはしょーがない、俺達はこのあとはなんもないし、楽屋でいつものように待つことにした、りんたろーさんはボソッと何か言ってたけど。
俺はすぐ横になっておかし食いながらスマホいじって、りんたろーさんとしゃべってたら……寝落ちしてたっぽい……
「この毛布、りんたろーさん…?」
「うん」
「すみません、ありがとうございます」
「かねち、見て」
りんたろーさんが四つん這いで窓際に移動して俺を手招く。
俺も四つん這いでりんたろーさんの横にいく、時刻は17時を少し過ぎただけなのに外はもう既に夜の準備に入っていた。
今年ももう2ヶ月きってんだよなぁ……
窓の外はネオンがこれでもかと耀きを放ち、またその光が東京湾の水面に反射してさらに夜空を照らしてしまう。
(星…ってまだそんな時間でもねぇか…)
東京に出てきて唯一、地元を振り返った瞬間が星が見えないこと。
(本当に東京は空が近い…)
「かねち、アレ」
「えっ……あーっ!!!」
「キレイじゃね?」
「うん…すげぇ…」
遠くに見えるいつもの巨大な橋がなぜか今日はピンクとグリーンの彩りに輝いていた。
「クリスマス近いから?」
「だとしたら赤と緑だろ。近いっていってもまだ11月入ったばっかよ」
「そか」
橋を映す水面にゆらゆら光るピンクとグリーン…まるで大きな宝石が散りばめられたようでキレイなのになんで儚く見えるんだろ。
「長かったなぁ・・・」
「何が?」
「ツアーが」
「あー…まさか4箇所延期になるとは思わなかったですもんね…」
「中止にしたくなかったから完走できてよかったけど…なかなかのハードさだった…」
「やっぱ老体に応えます?」
「うん……いや、老人扱いやめろやー」
「ハハハッ。まだ2か所残ってるんですからねー、おじいちゃんお願いしますよー」
「誰がおじいちゃんだよっ!!
…こっちはめちゃくちゃ元気なんだけど」
「ん?」
俺はりんたろー。さんが指さすところに目をやった。
「やめろやーっ!!」
「なんでよー、かねちこういうの好きじゃん」
「俺の好きはそういうんじゃない……ってちょ…ここ楽屋…」
「ちょっとだけ…」
ふいをつかれて後ろから重みとあたたかさと…鼓動を感じる。
りんたろーさんの心臓の音が直に俺の背中に伝わってきて、俺の心臓を直撃してくる…なんかこれ以上ほっとくと心臓爆発しそうだから余裕で俺を包むたくましい腕にそっと触れた。
「年内1回ぐらいは二人っきりになりたいっすね」
「えっっ!?!?」
「え!?何??」
りんたろーさんが変な声を出したから思わず振り返ったら、りんたろーさんも豆鉄砲顔してた。
「何すか…?」
「かねちがそう言ってくれるの、珍しいから…」
「えっ…ダメなの?」
「ううん…めちゃくちゃ嬉しい」
「だって俺は実家帰っちゃうし…りんたろーさんは帰らないの?」
「うーん……まだ悩み中。新居で初めての正月、照美さん嬉しいだろうな」
「うん。あと、兄貴のラーメン屋の下見もあるし、小澤のとこの赤ちゃん見に行きたいし♪」
「めいっぱい家族サービスしてきな」
「はいっ!!
…でも一週間近くりんたろーさんに会えないのは寂しいからさ、休み入る前に少しでも二人っきりになりたいなーって……うわっっっ!?!?」
僅かな時間の間に二度目の強い抱擁…もう心臓と骨に悪いからやめろって…
「もうーーっ……収録前にカワイイこと言ってんじゃねーっ!!」
全身の骨砕けんじゃね?ってぐらい、強く抱きしめられる…ちょっと痛いんだけど…でもその痛みが俺に向けられてるりんたろーさんの全てだと思うとちょっと嬉しかったり…
りんたろーさんがめちゃくちゃ俺のうなじに鼻をくっつけてスンスンするもんだから強く抱きしめられながらもくすぐったい相反する気持ちに俺はおかしくなって笑いを堪えようとギリギリ動いた左手でりんたろーさんの髪に触れた。
「わっきーにお願いしてみよ…」
「断られたらどうします?」
「脅す」
「なんて?」
「VOCEやめちゃうよって」
「ブッ……アハハハっ!!ぜってー“あ、わかりましたー”で片付けられるってー!!」
「そんな笑うなよ~っ…たしかに弱ぇな、ハハハッ!!」
本当に何言ってんだよ、この人は。
5つも上なのに、ちゃんと大学まで行って俺からしたらペイン系でもなんでも常識人なのに…
最初は気使ってくれてんのかと思った、バカな俺に合わせてくれてんのかと思った、いやもしかしたらバカにされてたのかもしれないけどそれでも一緒に漫才できればいい、一緒に笑い合えてたらいい、それ以上のことは望まなかった。
≪おまえのこと、ちゃんと一人の芸人として見てくれてる≫
≪おまえのこと馬鹿にしてたら今EXITはないよ≫
≪かねちー、前よりも何倍も楽しそうだよ≫
うん、楽しい…
いや、正直しんどいときもあるよ…でもりんたろーさんとなら一緒に乗り越えた先に幸せが待っていて、俺一人がしんどいときはゴールでりんたろーさんが必ず待っててくれて、両手広げて抱きしめて、頭撫でて、褒めてくれる…だから頑張れるんだ。
俺はりんたろーさんに何もしてあげられないから、せめて笑わせて楽しませて……
この体で悦んでくれるなら……
俺の生きてる価値はあるし、りんたろーさんのために生きたいって思う。
「そうなれば早く片さないとなぁ…」
つい先日、りんたろーさんは引っ越しをした。
「まだ段ボールの山?」
「いや、もう8割ぐらいは終わってるんだけど。あとはいらない服をまとめるぐらいかなぁ…あ、サウナの部品の箱片さなきゃ…」
「りんたろーさんの、デカくて派手な服、誰が着るんすか」
「神保町に押し付ければ誰か着るだろー」
「め~わく~ぅ~」
「なんでだよっ!!」
りんたろーさんの手が俺の頭に触れ・・・
はしないで、少し手前でとまった。
2本目の収録に備えて髪を再度セットしたからクシャクシャしようとしたけどできなかったんだよね。
りんたろーさんの表情に変わりはないのに…
どうして、今一瞬、この手が遠く感じたんだろ―――
窓の外の夜景は変わらず綺麗だ。
年末にかけての鬼スケは今年も変わらずやってくる、消える消えると言われ続けてきた俺達だったがありがたいことにまだまだすがりついたままだ。
片膝立ててカッコつけて鼻うた歌ってるりんたろーさんの見慣れた横顔が
夜景のせいだろうか、妙に愛しく見えてずっと見ていたかったけど二人きりのはずなのに誰かに見られてる気がして急に恥ずくなり、りんたろーさんの鼻うたに被せて勝手にオリジナル曲歌ったら、「きっっめぇ!!」と笑われた。
二人で大笑いしすぎて、山岡さんの「収録開始するみたいですよー」の声が聞こえず、「聞こえました!?」と二十歳そこそこの女子にピシャリやられる30歳と35歳にさらにおかしくなりさらに笑いころげた。
遠くのほうで聞こえた雷のことなんてこれっぽちも気にならなかった、りんたろーさんと一緒にいる空間が快晴なのだから―――
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