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第三話【招かれざる客】
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そして正午。
「全員、ホオズキと菓子の準備は良いか?」
「おお────!!!!」
「いつでも行けます、夕立様──!!!!」
「夕立さま──!!!!」
「んじゃ、地獄ハロウィンの始まりだ! 菓子もしっかり配れよ」
「「「うお────!!!!!!!!」」」
夕立の号令で天狗たちの法螺貝や虚空太鼓《こくうたいこ》の音が響き渡り、獄卒たちの百鬼夜行、もといハロウィンパレードが始まった。
「わーい、ハロウィンー! お祭りだぁー!!」
「丑生、あんまりはしゃぐとケガするよ。ほら、ちゃんとホオズキ持って、お菓子も配って」
「分かってるよー! でも楽しいんだもん!」
丑生と月出が小走りで先へ行き、つらつらと歩く夕立の隣に陀津羅が並んだ。
「たまにはこういう気晴らしも必要ですね。みんな楽しそうで良かったです。貴方は本当に盛り上げ上手ですよ」
「んな事ねぇよ。パレードっつってもただ歩いてるだけだし、騒げりゃなんでも良いんだろ、こいつらは」
子鬼たちがじゃれつき、夕立が1人を抱き上げる。
「ゆーだちさま! ありがとう!」
「礼なら菓子くれたヤツに言いな」
「うん! ちゃんといったよー! でも、ハロウィンしてくれたのはゆーだちさまだから、ゆーだちさまにもありがとうするの!」
「そうか、えらいな。じゃあ陀津羅にもありがとうしとけ」
夕立はそう言って、抱いていた子鬼を陀津羅へ寄越した。
「だつらさま、ありがとう!」
「はい、どういたしまして」
「だつらさまー! ぼくもだっこー!」
「わたしもー!」
「はいはい、順番ですよ」
子鬼たちにせがまれ、なつかれている陀津羅を見送ると、夕立は列からするりと外れて煙管を取り出した。鬼、狐、狸、妖怪まで、皆がホオズキを片手に楽しそうに歩いている。
日本のハロウィンなど、最初はどうしたものかと頭を痛めたが、蓋を開ければなんという事はなかった。ただ騒ぐためのきっかけ作りで、内容など何でも良かったのだ。
夕立が柳の下でぷかりと紫煙を吐いたとき、背後から含むような笑い声が聞こえてきた。
「くくっ……また一匹狼を気取っておるのか?」
「厭な言い方すんなよ、閻魔」
「ぬしはいつもそうじゃな。いったい、何を恐れておるのやら」
「うるせぇな、何も恐れてねぇよ。そう言うあんたは混ざらねぇのか? 祭り好きなくせに」
「ふむ、混ざろうと思ったら迷子を見つけてのう。保護しておるところじゃ」
「迷子だぁ? んなもんどこに……って俺のことかよ。でけぇ世話だからあっち行け」
顔をしかめる夕立に、閻魔は愉快そうに笑って煙管を咥える。
「ぬしはすぐ道に迷うゆえ、目が離せんのだ。うっかり“あちら側”へ落ちかけたり、のう」
その言葉に夕立ははっとし、すぐさま眉をひそめて舌打ちした。
「……やっぱり夢じゃなかったんだな。いったい何だったんだ、ありゃあ」
「夢は夢よ。ただし、天部の見せた夢。帝釈天と四天王の仕業じゃな」
「帝釈天だと? なんでそんな大物が、俺なんかに干渉してくるんだよ」
「あやつは昔からぬしに執心しておるのだ。いつもならば、かように容易く侵入などさせんのじゃがな。どうも死者にまつわる日と言うのは、不可思議な縁《えにし》を結んでしまうらしい」
やはりそういうものか、と夕立はぼんやり思った。理屈では説明のつかない事など、この世界には山ほどある。
「しかし、今朝は危《あや》うかったのう。ぬしがあの時、ひと言でも行くと答えておったら、その魂は天界へ引き込まれ、二度とここへ戻る事は叶わんかったろうよ」
「ぶふぉッ!!!!」
あっけらかんと言って退けられた台詞に、夕立は激しく噎《む》せ返った。からからと高笑いする閻魔を涙目で睨む。
「ゲホッゲホッ……おい、嘘だろ……。笑えねぇぞ、そんなやべぇ話……」
「まさに間一髪じゃったな。ぬしとわしの仲だからこそ救えたのよ。感謝して、これからもわしを崇《あが》め奉《たてまつ》り、存分に敬《うやま》うがよい」
「も、ってなんだ。1度も崇め奉り敬った事はねぇぞ」
「んー? 感謝しておらん、とは言わんのか」
「……言わねぇ。それだけは、今も昔もしてるからな」
閻魔は一瞬、目を見開き、やがて困ったように笑った。
「ぬしのそういう所がいかんと言うのだ。危なっかしい事この上ないわ」
「は? 意味分かんねぇ。良いからあんたも早く行けよ。退屈で死なれちゃ、仕事が増えて面倒だからな」
「折角、ぬしが用意してくれた祭りじゃ。存分に楽しませてもらうぞ」
「おー。せいぜい気ぃ晴らしてこいよ」
と、閻魔はくんっと夕立の腕を引いた。
「ぬしも一緒じゃ。みなで楽しまねば意味が無いからの」
「おい……引っ張るなって」
「夕立さまー! 閻魔さまー! こっちこっちー!」
「おおー! 閻魔様まで来られるとは! こりゃますます盛り上がりますな!」
「我らが夕立がお膳立てしてくれた余興じゃ! 皆、無礼講で日頃の憂さを晴らすがよいぞ!」
「おお────!!!!」
閻魔と陀津羅に挟まれ、丑生、月出、獄卒、妖怪たちに囲まれて夕立は微かに笑う。明日から、また代わり映えの無い多忙な日々が戻ってくるのだ。思うところは色々あったが、今日、この瞬間を楽しんでもバチは当たらないだろうと、夕立は紫煙を吐いて束の間の平和を享受する。
そうして地獄のハロウィンは皆に笑顔と心の休息を与え、大いに盛況となったのであった。
序幕 終
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