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会長と再会してから音沙汰も無く一週間が過ぎた。
その間に親友に問い詰めようと試みたが敢無く拒否される毎日で、結局何の変化も無かった。
*夏の夜も昼の内 ~3~
「に~ちほ君」
「仕事してください」
「まだ何も言ってねぇよ!」
いつもの様に仕事をしていると気の抜ける声で呼ばれた。そんなことをするのは相も変わらず先輩しか居ないのだが。
どうせ下らない用だと先手を打って一瞥し、俺は仕事を黙々と続ける。
「あれから、涼一と連絡取ったのかよ?」
「……」
隣に椅子を用意するとそのまま腰を掛け、この人は居座る気が満々のようだ。
更に、内容は地雷。周りからの視線も痛い(先輩がサボりに来ているということに対して、だ)。
俺は黙認を決め込み、先輩を無視する。
「もしかして、なかった?」
「…早く仕事に戻ってください」
勤務時間外ならまだしも、勤務時間内に人の心へ土足で踏み込んでくる先輩を睨みつける。
「そう苛々するなよ、お前が気付いてないだけで実は昼休みなんだぜ?」
「何、言って……! 先輩、 俺、たまに本気で殴りたくなります」
時間を見れば、十二時二分。昼休みに入った直後というわけだ。
間違いなくこの人は図ってきた、最低だな。
「まぁ、落ち着きなさいって。昼飯食いに行こうぜ!」
「先輩と昼ごはん、華がない」
「お前…」
資料を整理して、席から立ち上がる。
「行きますよ先輩。社員食堂が混んでしまいます」
「お前も勝手だよな」
「それでこそ仁千穂だけどな」
「どういう意味ですか!」
わかったような口振りで言われた俺は先輩を睨みつけた。
しかし、そこにいたのは、誤解だといわんばかりに不思議そうにした先輩で、
「俺は言ってねぇし」
「じゃあ、誰が……!」
「待たせたな」
気付かなかった。
そこにいたのは、一週間前に出会ったきりの人で、本日二度目の驚き。言うなら、やられた。
「会長?」
「涼一、お前が何でここに」
その人――片岡涼一が、ここにいる理由がわからず、先輩と共に問いかけた。
先輩も、今日、会長が来る事を聞いていなかったらしい。
「さっき、言っただろう。待たせた、と」
「――っ」
「はは~ん、そいうことね」
一気に顔が赤くなる。なぜこのタイミング、この場所で会長は言うのだろうか。
せめて、場所を選んで欲しい。
俺の顔を見た先輩は、楽しそうにニヤニヤと笑い始める。
穴があったら、今すぐ先輩を埋めてしまいたい。
「まっ、昼休みなんだし飯食いながら話そうぜ?」
俺はもう腹ペコなんだ。
部外者であるはずの先輩は、ご飯へ促しつつ俺達の話を聞くつもりらしい。
下心を隠すことなく話を進める先輩に、面倒くさくなった俺は先輩に同意するため口を開いた。
「会長さえよければ、昼ご飯、一緒にどうですか。社員食堂になりますが」
「問題ねぇよ、食えればどこでもいいからな。ただ、何でお前まで一緒なんだよ」
「いいじゃねぇか、もともと先に仁千穂を誘ったのは俺なんだ」
会長と先輩の間で火花が散っているように見える。身内同士、こんなところで喧嘩をしないでもらいたい。
何より、昼休みになってかれこれ十分は経過している。昼ご飯を食い逃すという間抜けな落ちだけは避けたい。
「では、行きましょう。時間は待ってくれません」
「おい、仁千穂!」
「相変わらずだな」
二人を置いて、俺は食堂へ足を進めた。
******
「で、お前は仁千穂をどうするつもりなんだよ?」
社員食堂に着いた俺達は、料理を注文し席について食べていた。
勿論、部外者である先輩も同席している。
「どうするもこうするも、特にはねぇよ」
「はぁ!?」
会長の返しに、驚き呆れた返しをする先輩。なぜ、貴方が驚くんですか。
でも、俺も会長の言葉に少し引っ掛かりを覚える。
「迎えに来たといっても別に、どうこうしようという考えはない。なんだよ、同棲しませんかとでも言えば満足か?」
「……、それもそうだよな」
「かなり自然すぎた」
「「何が?」」
俺のささやかな呟きに二人は不思議そうな顔をする。
気付いた人はいるのだろうか。この二人の自然すぎた、有り得ない会話。というより会長の失言。
『同棲しませんか』なんて、普通に聞くと怪しいでしょう。
まぁ、言われたところで二つ返事をするつもりはなかったけど。
会長の“迎えに行く”はそういう意味じゃないことは俺にだってわかっている。
「いえ、気にしないでください」
「?」
気にしていない二人に態々話す内容でもないと踏んで、俺はコトを流すように言う。
「さぁてと、飯を食ったしお邪魔虫は退散するかな」
「さっき食べ始めたばかりじゃ…、ってもうないし」
先輩の食器の中身は既に空になっていて、流石というかなんと言うか。
こうなるなら、初めから一緒に食べなければいいのに、何て言えるわけもないので(後々面倒になるため)、
「じゃあ、また午後からな」
「午後は真面目に仕事してくださいね」
「お前…」
立ち去る先輩を暖かく見送る。
さぁ、これで環境は整った。
「で、会長は俺をどうしたいんですか」
先輩も居なくなったし、俺は会長の本音を聞きだすために口を開いた。
会長が、何も用意していない、なんてことがあるわけない。
「本当、お前昔からよく視てる……感じてるよな」
「あいつの傍に居たんですから、多少は鍛えられてますよ」
我侭自己中の傍に居れば、相手の行動を先読みする力だってついてくる。
「別にどうこうするつもりはないのは本当だ。お前が選んできたことだからな」
「じゃあ、俺“達”に変化はないってことですね」
「人の話は最後まで聞け」
会長が焦らして話を進めていくことに、言い様のない苛々から少しだけ反抗してみた。
「……これからお前に言うことはお前がよければの話しであって強制するつもりはない」
「じれったいですね」
「お前の人生に関わってくるからな」
急に慎重になった会長に、俺は思い浮かんだ一つのことに何気なく、鎌をかける。
「実は、秘書引き抜きとか考えてたりして」
「――っ、お前どこで!?」
「え、本当ですか?」
息を呑んで肯定した会長と一緒に俺も驚いた。
まさかとは思っていたけど、こんなことってあるのだろうか。
「本当に俺を秘書として誘うつもりだったんですか?」
「…どうせなら、近くにいてほしいだろう。その情報どこで仕入れたんだよ」
会長が言うこともわからないわけではない。
だけど、親友が言っていた展開と同じようになっていて何だかつまらない。
「会長こそ、この情報誰かに流したんじゃないですか」
「は? 俺の口から態々言いふらすなんてするわけないだろう。何のメリットがあるんだよ」
「そこまでして俺が欲しかったとか」
「大きく出たな」
言った後に気付いた。もしかしなくても、今の発言は物凄く恥ずかしい。
一気に赤くなる顔を隠すため俺を下を向いた。
「あいつが、たくが言ってたんだ。会長が社長秘書募集してるって」
厳密に言えば、社長秘書の募集を教えてくれただけだけど、アレは確信犯だった。
「なんで、あいつ…そういうことか」
「会長?」
「俺が日本に戻って会社設立することは、お前らの担任に言ってたんだ。そこから流れたんだろう。そもそも、社長秘書の求人はネット以外でかけた覚えはないからな」
「俺を誘うのに、ネットでかけてたんですね」
親友の情報入手ルートはなんだか腑に落ちないけどわかった。
そもそも、俺を誘うつもりでネットで求人を募集するのはどういうことだろう。
「お前が思っている以上に秘書ってのは駆け回る仕事なんだよ。だから、お前を傍に置くには行動班が必要だと思ってな」
「その理由で、雇われた秘書が可哀想ですね」
同じ秘書でも、待遇が違うのは気に入らないだろう。
「別に、秘書の話を急いでるわけじゃないんだ。ゆっくり考えてくれ。今の仕事だって慣れてきた頃だろう?」
「そうですね。やっと仕事の手順もわかってきた頃ですし」
任されている仕事だってある。そんな中、自分の欲の為だけに辞めるつもりはない。
会長もそれをわかっていて、話をしなかったんだと思う。
だから。今度は、俺が会長を待たせる番ですよね。
「三百六十五日」
「は?」
「一年、待ってください。その間に、俺は貴方の隣に立っても恥じない人間になります」
「…!」
今の仕事だって、きちんと終わらせてから辞めるのは当然のことだ。
更に、“秘書”として貴方の隣に立っても可笑しくないほどの知識も身につける。
貴方に並ぶにはそこからじゃないと俺の気もすまない。
だから、その準備期間を一年と俺は定めたのだ。
「一年後、楽しみに待ってるぞ」
「度肝を抜かせてやります」
会長に、宣戦布告を申し立て俺は笑顔を向ける。
そういえば、
「会長も社長になるんですよね。社長…何だか言いにくいですね」
「安心しろ、呼び名くらいどうにでもなる」
何だか、含みの有る笑みを向けられたがこの際気にしないでおく。
時計に目を向けると昼休み終了まで、後五分もない。
「そろそろ時間みたいです」
「そうだな。…頑張れよ」
「会長も」
立ち去り際に、互いを景気付けて俺達はそれぞれの職務に戻ったのだ。
この日から、俺の怒号の日々は続いた。
通常の仕事に加え、秘書の勉強も始めたが、秘書の仕事は想像以上に大変そうだ。
秘書でなくとも、会長の隣に立つならある程度、出来た男でなければならない、気もする。
「俺、間違ってないよな。うん」
貴方のために、今日も俺は頑張ります。
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