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三章 3
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「私は……あなたの言った通り、あの任務を受けるべきではありませんでした」
「……ああ、そりゃそうだ。勝てなかったんだろ?」
容赦なくそう言ったレオに、頷いたニコライ。その遠慮が無いところは実に彼らしい、と感じた。
「負けました……一瞬で」
「でも、殺されなかったんだろ? 逃げたのか? お前、今まで何処で何やってたんだ」
「…………っ」
レオの黒い瞳を見られなくなるニコライ。幼馴染みで、口調は乱暴ながらも自分のことをよく気にしていてくれる兄のような男。彼には言いたくない。悪魔に強姦されたなんて。
また唇を閉ざしてしまったニコライに、レオは軽く溜め息を吐く。
「言えねぇってのかよ、俺に」
「……悪魔、ミハイルの家にいました…………」
ニコライからの思わぬ返答に、レオは訝しむような表情をする。
「ああ? その悪魔がお前を家ん中で生かしてたってのかよ。意味わかんねぇ」
そう言った彼の考えは最もだ。自分を殺そうとした天使を殺さない悪魔など、どこにいるだろうか。
「はい、私は――」
ニコライは、つい言葉を詰まらせてしまう。言いたくない。男でありながら強姦されたなんて、恥ずかしい話しだ。それでも、言わなければ。言って楽になった方がいいのだろう。
「私は、その悪魔に……性交を、強要されました」
「…………は?」
「魔力で拘束されて、強姦されました」
ニコライの言葉に唖然としてしまったレオ。あまりにも予想外で、開いた口が塞がらない。必死に返す言葉を見つけ出す。
「いや、おま、強姦って……お前、男だろ?」
「男です」
「その悪魔、男だろ?」
「はい」
「……えっと、つまりアレか? ゲイなのか、そいつ」
「…………本人は違うと言っていました」
「はあ?」
レオは本当に混乱しているようだ。突然、男が男に強姦されたと言われて混乱しない者もなかなかいないだろう。
「まあ、つまりお前は……二日間その悪魔とセックスさせられてたってことか?」
「……はい」
ニコライの受け答えに、気まずそうに顔を曇らせるレオ。眉間を手で押さえながら、ベッドの横にあった椅子に座る。
「強姦される気持ちなんて分かりゃしねぇが、よく正気でいられるな」
「正気、でしょうか……私は」
彼はレオの顔を一度見てから、また俯く。
「ここで最初に目を覚ましたとき、私は過呼吸になったそうです。あの悪魔の魔力で、傷を癒すことも、自分で神通力を使うことも出来ません。あの悪魔の声が頭から離れない。夢に出たのもあの悪魔。あれはまた私のところに来ます。絶対に。あれは私を解放してはいないんです。あれは――」
「ニーカ、止めろ」
がっ、とレオの手がニコライの肩を掴む。
口を噤んだ彼が、見開いた両目をレオに向ける。呼吸は乱れ気味で、彼の精神状態が良くないことを伺わせる。
呼吸を落ち着け始めた彼の肩から手を放すレオ。
「すまない、変なことを言った」
「レ、オ……」
刹那、ニコライの瞳から涙が溢れた。頬を伝い、自分の手に落ちてきた涙に、ニコライ。
「……私は、泣いているのですか? 何で……」
彼はその涙を袖で拭う。それでも涙は止まらない。
「何で、何で私は、」
涙を止めようとする彼の手を、レオが掴んだ。
「もういい、ニーカ」
「え?」
「泣くなら泣け。今は俺しかいないんだ。気張ることはねぇよ」
「う……、レオ……」
ニコライは涙を流しながら、レオの胸に自分の額を押し当てた。
「……ごめんなさい、レオ。少しだけ」
「ああ」
レオの片手が、ニコライの震える背中を抱いた。
「大丈夫だ。ここは天界だぞ? 悪魔が来るはずない」
「でも…………私は、僕は……」
「大丈夫、ニーカはもう悪魔に囚われたりしない」
「うう……あ…………」
レオのシャツを、ニコライが掴む。この強く気高い男が、まるで幼子が母親にそうするかのように、そのぬくもりの掌握を望んでいるのだ。
普段ならば有り得ないニコライの姿に、レオは僅かな悦びと大きな不安を感じた。この男は、自分だからこんな姿を見せるのだという彼の信者達への優越感と、ここまで砕かれた彼の心は戻るのかという不安。それらが心中でせめぎ合う。
「ニーカ……」
レオは彼に呼び掛けてみたが、返事はない。不思議に思って彼の背中を軽く叩いてみた。
「ニーカ?」
もう一度呼び掛けてみて、彼の寝息が聞こえることに気づいた。
「……さっきまで寝てたんじゃなかったのかよ」
半ば飽きれた口調でそう言い、彼はニコライを腕に抱いて持ち上げる。
「うっわ、重っ」
よく鍛えられた軍人だ。いくら筋力に秀でたレオでも持ち上げるのは大変なことだった。それでもなんとか彼をベッドに寝かせ、毛布をかける。しかしレオのシャツを握ったニコライの手は離れない。
「行くなってことかよ」
レオは椅子に座って、横に置いてあった彼の昼食を見た。
「喰わずに寝ちまったし」
そう呟いて深く溜め息を吐くと、自分の腹が鳴った。訓練を終えてから、まだ昼食を食べていないのだ。
ニコライのために用意された料理だが、彼が食べることはできないだろう。そう思ったレオはトレーからスプーンを手に取った。
「いいよな、別に」
どうせ食べる者は他にいないのだ。
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