アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
五章 1
-
看護師達は、兵士達の健康調査の書類をまとめていた。
基地の兵士達の健康を確認、管理し、食事のメニューを決めるのは看護師や栄養士の仕事だ。毎朝の体調を確認することも欠かせない。
そんな中、ナターシャは他の看護師達とから離れて、ある軍医のところにいた。現在ニコライを担当している男性の軍医だ。彼女は先程、モローゾフ中尉をニコライの病室に案内しに行っていた。そして今は軍医と芳しくない彼の容態について話しているのだ。
「では今朝はちゃんと食べてくれたのだね?」
「はい、漸(ようや)く……。後で吐かなければいいんですが」
「そうだね。だけれど、一先ず食べられたのなら安心した」
僅かに笑みを浮かべる軍医。昨日からのニコライの様子についてナターシャから聞いた軍医は、徐々に彼が衰弱していっていることに不安を覚えていたのだ。
だが、食事がやっとできたとはいえ、それだけは根本的な解決にはならない。
「……せめて彼の神通力を解放してやれればいいんだが」
今の状況は彼のプライドを傷つけ続けていて、ストレスを溜める原因となっている。それは軍医にもナターシャにもわかることだ。
「ええ。あれでは可哀想です……。でもこの基地には、あれを解ける程の神通力を持つ天使はいないんでしょう?」
「そうだね。下手にやったら特務曹長を殺しかねない。その悪魔自身に解かせるのが本当は一番いいんだ」
「無理な話、ですね」
「うん。特務曹長の神通力をあそこまで拘束できる悪魔が簡単に殺されたり天使の言うことを聞いたりするはずがないね」
話せば話す程に、二人の表情は辛辣なものになっていく。
大抵のものが治癒の神通力で治る天界では、神通力を使わない医療の設備があまりに乏しい。ニコライにどういった対処をして良いものか分からないのが現状。モローゾフとの会話で、彼の精神状態だけでも改善されることを祈るばかりだ。
「クルツ伍長は、また彼のところに来るつもりなのかね?」
軍医の言葉に、一瞬ナターシャの口元が緩んだ。
「それは聞いていませんが、来るんじゃないでしょうか。伍長はかなり特務曹長のことを心配してらっしゃるようでしたから」
「そうかね。できることなら来てほしいね。幼馴染みなんだろう?」
「ええ、そうらしいです。特務曹長も彼には心を開いているようですよ」
「……不思議なものだね。私には彼等はまるで似つかない性格に思える」
「はい……そうかも、知れませんね」
本当に、性格も態度も雰囲気もまるで似ていないニコライとレオ。同じ場所で育ったとは思えない。しかし、微かながらに同じような真面目さは感じさせることを、二人のやり取りを見ていたナターシャは知っている。根にあるものは似ているのかも知れない。
「それでは、またお昼頃に来ますね。ドク」
「ああ、頼んだよ」
ナターシャは軍医に挨拶をして医務室を出て行こうとした。
その刹那、基地内の警報が鳴った。
ナターシャと軍医は驚愕して顔を見合わせる。何が起きているというのだろう。
鳴り響くサイレンの中、二人が固まっていると、医務室の前を何人かの天使が通りすぎる音がした。ドアを開けて外を確認するナターシャ。
部屋の前を通りすぎた数人の兵士の後ろ姿を見付ける。彼らは医務室の近くにある少将、この基地の最高権力者の部屋の前で止まった。
「な、何でしょうか……ドク?」
「少将に何かあったのか?」
医務室から外の様子を覗く二人。
再び何人かの兵士達が少将の部屋へと走っていく。それで部屋の前に集まった兵士は二十人程度になった。階級が高めな兵士が多いように思える。
下の階が騒がしくなってきた。病棟のあるこの階は人が少ないが、下の階では警報による混乱が起きているようだ。
「少し出てみるか」
軍医にそう言われ、了解するナターシャ。二人は部屋の外へ出て、兵士達の方へ向かう。
一人の兵士が二人に気づき、真剣な表情を更に険しくする。
「来るなっ」
その兵士が強く言った次の瞬間、少将の部屋のドアの一番近くにいた兵士がドアを開けた。 途端、何発かの銃声が響く。
タンッ、タンッ、タンッ!
数人の兵士達が銃に撃たれ、床に転がる。足を撃たれて痛みに悲鳴をあげる天使達を見て、無事だった兵士は怯えた顔をする。
兵士達を囲うように、淡い光を放つ半透明の障壁(バリア)が、その中の誰かによって作られた。
兵士達は誰も銃を持っていない。銃を撃ったのは部屋にいた者だ。しかし誰も部屋の中に向かって神通力による攻撃を放とうとはしない。
わけの分からない光景に、軍医はそちらへ駆ける。
「どうしたんだ!」
「来てはなりませんっ、ドク!」
兵士が叫んだが、軍医はそれを聞かずに彼らに近寄る。ナターシャがそれを追った。
障壁の中で脛を押さえ、痛みを訴える数人の負傷兵。そして無事である兵士達は部屋の中を怯えた目で見つめる。
その部屋の中を覗いたナターシャと軍医は驚愕した。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
26 / 70