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五章 2
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「————攻撃なんてふざけたこと、しちゃだめだよ? 兵隊さん」
部屋の中から聞こえたそれは、優しいテノールの美声だった。
漂う微かな魔力の気配。
そこにいたのは、金色の短髪と若菜色の瞳で、美しい姿をした男。その男に拘束され、顎に拳銃を突きつけられたニコライ。そして、床に伏して頭から血液を流している気絶した少将。
ニコライは後ろで手錠をかけられているのだろうか。金属がぶつかり合う音がジャラジャラと鳴っている。
「来てはなりません、お戻り下さい! 中隊長(キャプテン)……!」
ニコライが兵士達の一番前にいる大尉にそう言った。どうやらニコライが所属する隊の中隊長らしい。
彼の襟を掴んだ金髪の男が銃のグリップで彼の頭を殴った。
「ぐっ……」
「駄目だよ、コーリャは黙ってなきゃ」
笑顔でそう言った男。よく見ると彼が持っている拳銃は、ニコライの愛銃——ファンタジアではないか。
赤く充血した両目で美貌の男を睨み付けるニコライ。
「……悪魔が」
「口が悪いね。俺はミハイルだよ」
男に再び銃で殴り付けられたニコライは、その痛みに呻く。
目を見開くナターシャ。どうやら金髪の男は最強の悪魔、ミハイルらしい。
何故ここに悪魔が来ることができたのだろう。しかも銃弾を具現化するほどの魔力を使っていながら、感じる魔力は僅かだけ。こんなにも自分の魔力の気配を隠せるほどその扱いが上手い者がこの世にいるなんて。
それに、ミハイルが着ているのはモローゾフの軍服ではないのか? 彼はどうなった?
部屋の中を覗き続けるナターシャ。するとミハイルがこちらを向き、その長い睫毛に縁取られた瞳と視線が交わってしまう。
「あっ……」
「可愛い子がいるじゃないか」
ミハイルがナターシャのことを言ったのだと気づいた大尉。
「君、下がれっ!」
そう言われて、凍りついていた彼女はなんとか数歩、ドアから下がる。あの眼は美しく、無邪気なのにとても恐ろしかった。否、邪気が無さすぎて恐怖を感じた。
ナターシャを注意した大尉に視線を動かすミハイル。ファンタジアをそちらに向け、引き金を引いた。
兵士達の表情が恐怖に染まり、銃弾は半透明の障壁にぶつかる。大抵の攻撃には耐えうる障壁が、銃弾と共に一瞬にして消えた。
「ねえ、君たちに頼みがあるんだ」
ミハイルの一言に、一番前にいる大尉が震える唇を開く。
「……何だ?」
「ニコライ、俺にちょうだい」
彼の要求に、兵士達が驚きざわめく。
ナターシャも驚きに口元を手で押さえた。これはどういう意味だ? こんな時でも不毛な妄想が働いてしまう自分の頭を叱咤する。
ミハイルに応答する大尉。
「それをもし受け入れられないなら?」
「とりあえず、そこのオッサンの命は無いね」
そう言って拳銃を床に倒れている少将に向けたミハイル。
「それでも受け入れられないなら、君達も一人ずつ殺してくよ? 最終的に、この基地にいる天使、みーんな死んじゃうかも」
残酷なミハイルの言葉。そんなこと、本当に可能なのだろうか。普通なら不可能なことだが、絶大な魔力の扱いの上手さを見せるこの悪魔が言うと現実味がある。
その時、ナターシャは大尉の後ろで通信機を出す兵士を見た。途端、ミハイルが拳銃の引き金を引き、銃弾が大尉の頬を掠める。
銃声に驚いて通信機を落とす兵士。
「ひぃっ……」
「基地の天使に逃げろって伝えようとしたの? 馬鹿なこと考えると今度は大尉さんの頭に穴が開くよ」
頬から僅かに血を流す大尉の歯がガチガチと鳴る。後ろの兵士は、顔を青くして通信機を拾おうとした手を引っ込めた。
最早逃げ道は無いことを理解する彼らに、ミハイル。
「さて、どうするの? ニコライ一人でこの基地の天使全員が救えるんだよ?」
「ま、待てっ……大佐に連絡を取らせろ」
そう言ったのは最初に足を撃たれた兵士の一人で、階級は中佐だ。倒れて軍医に治療を受けながら自分の方に目を向けている彼に、ミハイルは視線を移す。
「大佐さん? どこにいるの?」
「今は本部に」
中佐の懇願にミハイルは笑みを深め、ニコライを一瞥した。
「ふぅん? その大佐さんって、ニコライを俺のところに寄越した残忍な大佐さん?」
その質問をされた中佐は返答に躊躇いを見せる。
「…………ああ、ヴィノクール特務曹長をお前のところにやったのは、ポリトコフスカヤ大佐だ」
「へぇ……、だってよ? コーリャ」
ミハイルは片手に抱いたニコライに笑いかける。
「その大佐さんに判断を委託するらしいよ? ……ねぇ?」
冷静で無慈悲なポリトコフスカヤ大佐は、ほぼ確実にニコライを悪魔に差し出すように言うだろう。ミハイルは彼のどんな反応を期待しているのだろうか。
彼は怖いくらいにきつい表情で自分を拘束する悪魔を見る。
「ポリトコフスカヤ大佐ならば誤った判断をしはしないでしょう」
「どういう意味?」
「……私を、切り捨てるでしょう。私一人のために犠牲を出したりはしない」
「ふざけんな!!」
突然別の方から聞こえた男の怒鳴り声に、皆は驚いて声がした方に振り向いた。
そこにいたのは黒髪に白い肌の男。走ってきたらしく肩で息をしているレオだった。
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