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五章 3
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眼前にいる長身の天使、レオの姿に、ナターシャは空いた口が塞がらない。
突然に悪魔に立ち向かうべく現れた黒髪の天使。まるで囚われの姫を取り返しに来た勇者みたいだ、と彼女は感動してしまった。
ミハイルに腕を拘束されているニコライは、手に付けられた手錠を鳴らす。
「レ、オ……?」
まさか来るとは思っていなかった男の来訪。何故ここで事が起こってることが分かったのだろうか。
一歩部屋の中に踏み出すレオ。止めろ、という上官達の声も聞かず、彼は金髪の悪魔を睨み付ける。
「思った通りだ。あんた、モローゾフ中尉じゃなかったんだな!」
「……やっぱり君にはバレたんだね」
「ずっと変な感じがしてたんだよ。このサイレン聞いて、やっと気づいた! 今ディーマの奴が中尉を探しに行ってる」
更に一歩、ミハイルとニコライに近づくレオ。
「俺達のためにニーカが犠牲になるなんて、俺は認めねぇっ! 手前ぇも、ふざけたこと言ってんじゃねぇよ、ニーカ!!」
そう言われたニコライは、淡い青紫の瞳に戸惑いを浮かべる。何か言おうとして開いた唇を、直ぐに閉じてしまった。
二人のやりとりを嘲るように笑うミハイル。
「君が認めなくても、君以外のみんなはそれで納得してるんだよ、レオ君。ねえ、大尉も中佐もそうなんでしょ?」
問われた二人は、苦々しい表情で目を反らす。そう、大佐に分かりきった判断をさせて自分が感じる罪悪感を少しでも軽減させようとしている。ニコライを犠牲にしようとしていることに変わりはない。
上官達の辛さも、自分の立場も理解している。そんな悲哀の籠った表情のニコライ。
「レ……、クルツ伍長。お下がりなさい……」
「なんだと?」
「お下がりください。私はこの悪魔の下(もと)へ行きます」
「何でだよ! 軍のためか?! おかしいだろ、そんなの!」
必死な顔で、レオは中佐達の方へ振り返る。
「中佐! あなただっておかしいと思ってんでしょう?! ニーカがいなくなるなんて、軍にとってもかなりの損害じゃないんですか!」
彼の訴えにも、上官達は目を伏せるばかりだ。口には決して出さないが、ニコライ一人よりもより多くの天使の命が大切。結局はそういうことなのだ。
「落ち着きたまえ……クルツ伍長」
負い目を感じていることがありありと分かる顔のままでそう言った大尉に、レオ。
「ここでニーカを悪魔に差し出したなんて皆が知ったら、皆は軍なんて止めますよ?! ニーカを失うのはこの基地の責任です。体面は? 保てるんですか!!」
「ク、クルツ伍長……」
「黙りなさいっ! レオ!!」
突如、ニコライの怒声が部屋に響いた。鳴り響くサイレンをも切り裂いた彼の大声に、全員は彼に視線を向ける。
「私は今をもって軍を止めます! それでいいでしょう?! 軍も、この基地も、私とは何も関係ありません。一人の天使が悪魔のところへ行った……ただそれだけです!」
悲痛な表情でそう言う彼の声は、泣きそうに聞こえた。
上官達も彼がこうまで言うとは思っておらず、息を飲んだ。ニコライがミハイルのところへ基地を守るために行ったことなど、権力者なら簡単に塗りかえられる事実だ。
一見、軍の体面を第一に考えているかのように聞こえたニコライの発言。しかしそうではないことがナターシャにはわかった。彼はレオがこれ以上余計なことを言ってミハイルを怒らせ、殺されることを恐れている。だから早くレオに諦めさせたいのだ。
ミハイルはほとんど自分の手に入った存在となったニコライを愛おしげに見る。
「いい子だ、コーリャ」
優しくそう言った悪魔。ニコライの顎を掴み、血の気の失せた唇に赤い唇を重ねた。
「————!!」
唐突なミハイルの行動に、見ている兵士達もレオも、そしてナターシャも絶句した。
壁に背を付け、口元を手で押さえるナターシャ。真っ赤になった顔でその光景を凝視した。数秒の口付けだったが、彼女には強い刺激だった。
ニコライから唇を離したミハイル。驚愕と屈辱、記憶のフラッシュバックにショックを受けている様子のニコライを片腕に抱いたまま、レオに視線を移す。
「驚いちゃった? レオ君」
楽しげなミハイルの口調に、レオは表情を驚きから怒りに戻した。
「……手前ぇ…………」
「知ってるんでしょ? 二日間、俺がコーリャに何をしてたのか」
「うるせぇ。そいつはコーリャじゃない、ニーカだ。ニーカを離せ」
「ニーカ? ……そんなの知らない。コーリャは俺のところに来るって言ってるんだよ?」
「本意じゃねぇだろ」
「さっきから言ってるでしょ、君以外のみんなは納得してるってさ」
軍人達の顔とミハイルの嘲笑、ニコライの自己犠牲的な態度。それらはレオの怒りを加速させ——彼の憤怒は頂点に達した。
「……納得してる、だぁ?」
更に一歩足を進めると、床に伏した少将の真横に足が付いた。
「そりゃあ〝納得して〟んじゃねえ! 〝納得させて〟んだよ!!」
ダンッ、とレオの片足が床を叩いた。その瞬間、
囂(ごう)っ……
彼の体から噴き出した、強い‘気配’。それは神通力の気配であり————魔力の気配だった。
その場にいる全員が驚愕に目を丸くする。唯一人、ミハイルを除いては。
「嗚呼、やっぱりね……」
彼の呟きに、ニコライが怪訝な顔で彼を見た。微量の神通力しか扱えないはずのレオが、こんなに気配を発するなんておかしいことだ。
「なんだ、これ……」
レオ自身も自分の体に起きたことを何も理解していない。しかし彼に戸惑いはなかった。
「まあ、何でもいい」
憤怒を黒い双眸に宿したレオ。右の拳を固め、そこに神通力と魔力を集中させる。神通力や魔力でパワーを上げる、高次の術。
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