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六章 2
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「退、隊……?」
ナターリヤ・クリベーク——通称ナターシャは、愕然とした目で目の前の大男を見ていた。
そのくすんだ金髪の大男がいる開いたドアの向こうには彼の部屋があり、中から眼鏡をかけた背の低めの男も彼女の方を見ている。そこは四人部屋だったはずだが、現在はその二人しかいない。
彼女が立っている廊下は、今が消灯後だということもあり、ほとんど人通りはない。
大男は目の前の美女を怪訝そうな目で見下げる。
「あんた看護師か? わかってんだろうな、ここ男子寮だぞ。しかも消灯後。見つかったら……」
「わかってるわ」
ナターシャが男子寮に忍び込みこの部屋に来たことには、勿論わけがあった。レオとディーマのことを聞きに来たのだ。彼らはこの部屋で生活をしていた。
ニコライがミハイルに連れ去られた日。あれからこの基地では————何もなかった。ここ、レキア東方軍基地で何が起こったのか、本当のことは上の者は全く公表せず、あの警報は誤作動だったということにされた。ナターシャのような当事者にはあの時のことは誰にも話さないようにと指示された。話せばおそらく除隊処分だろう。
しかしナターシャはレオやディーマが連れ去られたニコライをそのままにしておくはずがないと思った。だからこうしてここに来たのだ。
「クルツ伍長も、ダニロフ軍曹も退隊したの……?」
「レオのやつは除隊処分だと。そういやモローゾフ中尉も辞めたって聞いたな」
「モローゾフ中尉も? ……あなた方、あの日何があったか知ってるの?」
「ああ、二人から聞いたよ。絶対に誰にも話すなともな。あいつらは助けに行ったんだ……連れてかれちまったヴィノクール特務曹長をな」
男の顔が少し険しくなる。彼らへの懸念のせいだろうか。それともミハイルへの怒りだろうか。軍の上層部への不信感かも知れない。
逡巡して、ナターシャは唇を開く。
「そもそも、何故上層部はヴィノクール特務曹長を一人でミハイルのところへ行かせるような危険なことをしたのかしら?」
「さあ。ヴィノクール特務曹長なら一人でミハイルを倒せる、少なくとも死にはしないと思ったんじゃないか? ミハイルと接触して少しでも情報を得ることが目的だったのかも知れない」
「……そうかしら…………」
ナターシャは納得できないと言いたげな顔をする。
そもそも、ミハイルが最強の悪魔として天界にも知れ渡るようになったのには何かしらわけがあるはずだし、ある程度の情報も無ければおかしい。大体の住処もわかっていたならやはりニコライが殺されないで済むと思ってしまうほど情報がなかったとは思えないのだ。
ナターシャの顔を見て口を開く大男。
「そんなに気になるなら特務曹長がいた中隊の隊長にでも聞いたらどうだ? それかポリトコフスカヤ大佐に聞くんだな」
勿論彼は本気で言ったわけではなかった。彼女が直接彼らに聴いて彼らが取り合ってくれるはずがない。
しかし彼はナターシャの言葉に驚かされることになる。
「そうね……、そうするわ」
「はぁ?!」
「ねぇ、特務曹長がいた中隊の隊長の部屋はどこだか知っている?」
「ちょっと待て、本気で言ってるのか?」
「ええ、あなたが言ったんじゃない」
さも当然そうに返答する彼女に、大男は眉を眉間に寄せる。
「冗談だ。こんな時間にリース大尉の部屋に行って特務曹長があの任務を任された理由を聞いてくるってのか? 即行で女子寮に返されて終わりだぞ」
「中隊長はリース大尉っていうの?」
「聞いてんのか手前ぇ」
忠告を聞こうとしないナターシャの態度に苛立ち気味の男。それを察してか、彼女は軽く肩を竦めた。
「リース大尉、優しそうな方だったわ。きっと教えてくれる」
「んなわけあるか。真面目な方だ」
「だからこそ、軍のやり方に納得できないところがあるんじゃない? リース大尉にも。ねぇ、彼の部屋を教えて。いいじゃない、あなたが被害被ることなんて何もないわ」
矢鱈と根拠の希薄な自信を持っているナターシャに、大男はわざとらしくため息をついた。
「たしか特務曹長の部屋の隣……二○七号室だったと思う」
「本当?」
「そんなに関わりも無い人の部屋なんてちゃんと覚えてるはずないだろ。間違えてても恨むなよ。多分合ってるがな」
「わかったわ。行ってくる」
ナターシャは笑顔で踵を返す。すると大男が彼女の手首を掴んだ。
「ちょっと待て」
「何?」
「あんた、神通力使えるんだよな?」
「ええ」
ある程度の神通力を使うことが出来なければ、軍に入ることはできない。しかし彼にはずっと引っかかっていたことがあったのだ。
「お前、全く神通力の気配が感じられない。そのレベルじゃ軍に入れるほど神通力を使えないはずだ」
通常、使える神通力が強ければ強いほどその天使の体から発される神通力の気配も強くなるはずだ。
彼を見上げるナターシャ。
「神通力の気配を発したままじゃ、すぐに見つかっちゃうじゃない。もう消灯後だし男子寮だから見つかっちゃまずいでしょ?」
「…………! 気配を消せるってのか?」
「看護師だからってナメてもらっちゃ困るわ」
神通力の気配を軍人が感じ取れないほどほぼ完璧に消せるということは、相当の神通力の使い手だ。普通の看護師にできる技ではない。
ナターシャは男の手を振りほどいた。
「じゃあね」
「あ、ああ……」
そして彼女は、リース大尉のいる部屋に歩いていった。
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