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六章 4
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ナターシャは怪訝そうにリースを見下ろす。
「天使は高潔なものではないと?」
「そうとは言わんが……本当に悪魔は我々が倒すべきものなのか、わからなくなったんだ」
「何故です?」
「先の大戦を終結させたのはあの悪魔、ミハイルだ」
「…………?!」
どういう意味なのだろう。大戦の終結にミハイルが絡んでいたなど、聞いたこともない。本当にそうならば誰もが彼のことを知っていてもいいはずだが、ミハイルのことは軍人の中の細やかな噂程度で、一般の天使にはほとんど知られていない。
「どういうことですか、リース大尉」
尋ねられたリースは、また一口ワインを口にして、語り出した。
「当時まだ十六歳だったと言われるあの悪魔は、戦闘の真っ最中だった間界のある地域に突如として現れた。私は偶然そこに居合わせたが、幻かと思ったよ。背中に真っ黒な翼を付けた綺麗な少年が、戦争をする私たちの上空を舞っていた。そして彼の前面、直径三キロメートルほどを、白い炎によって一瞬で焼き尽くしたんだ。
私は彼の後ろ側にいたので、奇跡的に助かった。私の周りの者、天使も悪魔も、呆然として戦争を中断し、美しい悪魔を見上げた。彼は天使も悪魔も、もしかしたら軍人でない者も、その場にいた生物を無差別に一瞬で灰にしたんだ。
そしてこう言った、〝俺はミハイル。俺はまだ生きてる君達も、軍の上層部の人達も、今すぐさっきみたいに殺すことが出来る。もしそれが嫌なら、この戦争をすぐに止めて〟。後から知ったことだが、ミハイルはその瞬間の映像を、魔界軍と天界軍の上層部に自分自身で送りながらやっていたらしい。
悪魔が自分を〝大天使(ミハイル)〟と名乗り、突然大量殺戮を行った挙句、戦争を止めろと言うなど馬鹿げている。そう思ったが、演出で翼を背負いその無慈悲な正義を掲げる姿はまさに大天使だった。それから直ぐに天使にも悪魔にも間界からの撤退命令が下され、停戦協議がまとまり、停戦に至った。
その後ミハイルの姿を見た者はいなかった。こんな形で停戦など、あの場面を見ていない者には理解されない。天使と悪魔はお互いにお互いを滅ぼすことを望んでいるのだから停戦は望まない者の方が多い。ミハイルのことは極力隠され、停戦の理由はお互いの戦力の疲弊などと有耶無耶にされた。
そしてミハイルは、天界からも魔界からも脅威とされた。軍の上層部同士で情報をやりとりし合い、ミハイルの大体の居場所を突き止めた。天界軍と魔界軍がそんな繋がりを持っていることも、上層部以外の者には知られたくないことだった。今でも恐らく……上層部同士でミハイルを殺す計画が練られているんだ」
リースの話の後半、ナターシャは呆然としていた。
つまり天界軍と魔界軍の上層部は協力してミハイルを殺し、お互いの殺し合いをまた再開しようとしているということではないか。天使と悪魔が滅ぼし合おうとすることは血の定めであるが、そのためとはいえ上層部が協力しているとは吐き気がする。
「そんな……上層部同士が協力してるなんてあってはならないことです」
「戦争を再開するためさ」
「殺しあうために話し合うなんて……」
矛盾している気がするが、合理的な真実。下劣で凶暴な悪魔と協力するなんて、上層部の行動が理解できない。それに、ミハイルが戦争を止めさせたかった理由もわからない。
「リース大尉、それでは何故ヴィノクール特務曹長にあのような任務が? それほど強い悪魔だということが分かっていたということじゃないですか」
「君は、ヴィノクール特務曹長がどれくらい強いか知っているのかね?」
「え……普通の兵士百人分と聞いていますが?」
それがはっきりした回答ではないことはナターシャも分かっている。しかしその噂くらいしか聞いたことがなかった。
苦笑するリース。
「単純な攻撃力としてはそんなもんだろう。あの日ミハイルがやった大量殺戮程度ならおそらく全力を出せば彼にもできる。しかし彼の強さはそれだけじゃない」
「と、いいますと?」
「例えば……ミハイルは自分の家がある山に〝目隠し〟という術をかけて他者に認識できないようにしている。それを特務曹長は数時間で見破った。魔力や神通力を感じ、その術を読み解く力が非常にある人だ。普通の兵士が何人いたって〝目隠し〟は読み解けないし、優秀な奴でも一日はかかる」
「そうなんですか」
「しかし、そういうのが得意なのは君とて同じだろう」
リースにそう言われ、ナターシャはその大きな目を見開いた。
「どういう意味です?」
「随分上手く自分の神通力の気配を消している。そういう奴は大抵神通力や魔力を感じたり術を読み解いたりするのも上手い。君、本当にただの看護師かね」
「……私のことはどうだっていいでしょう。それより、つまりヴィノクール特務曹長は本当にミハイルを殺すほどの強さがあると判断されて任務が与えられたということなんですか?」
自身のことは隠そうとするナターシャに、僅かな不信感を抱きながらもリースは頷く。
「半分はそうだよ。その時のミハイルの情報だけなら特務曹長が彼を倒せる可能性もあった。無論かなり危険だったし、少しでも情報を得るために実験的に行かせたというのが事実だ」
「半分は? もう半分はなんです?」
「……君のことを教えてくれたら教えよう」
リースはナターシャが明らかに唯の看護師としては強いことを怪訝に思った。彼は神通力や魔力を感じ易い性質の天使だから彼女が神通力の気配を抑えていることがわかったが、これを見破るのは相当難しいだろう。
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