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六章 7
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ミハイルは先程食べた夕食で使った皿を台所の食器棚に戻していた。
木で出来た皿。ニコライがこの家に来てから何枚か増やした。
水や火など、自然界のものは大抵操れる彼にとって家事は大変なことではない。作り方と材料さえ分かれば魔力で生成できるものが多い。皿洗いも洗濯も直ぐに終わる。
最後の皿が棚に戻された時、台所にニコライが来た。そちらに振り返るミハイル。
「コーリャ……」
そこにいるニコライの姿に息を呑んだ。
彼はシャワーから上がってきたばかりで、長い銀髪がまだ湿っており、その頬は僅かに上気している。そして着ているのは昨日ミハイルが彼に与えた藍色のワイシャツのみのようだ。白く筋肉質で長い両足が全て晒されている。彼はいつもこんなに無防備な姿をミハイルにわざわざ見せたりしない。
「ミーシャ」
ニコライは低く呟くようにミハイルの名を呼び、彼に近づく。いつもと様子が違う天使に、彼は戸惑う。
「どうしたの?」
ミハイルのその呼びかけはニコライに届いていたのだろうか。そのまま近づいてきた彼は、何も言わずミハイルに正面から抱きついた。
突然のことに驚くミハイル。シャワーを浴びてきたばかりのはずだが、その天使の身体は少し冷えているように思えた。僅かに震えているようにも感じる。
「……ミーシャ、怖いです」
また呟くように吐き出されたニコライの言葉に、彼の髪を撫でるミハイル。
「怖い? 何が?」
「自分が消えてしまいそうだ」
「消える? コーリャはちゃんとここにいるよ」
「違う。違うんです」
本当に苦しげなニコライの声。
ミハイルは両腕を彼の背中に回す。自分より大きなこの男が、とても弱々しく感じる。彼は精神も身体も正常な状態ではなく、確かに消えてしまいそうな存在だ。そんなことはその原因であるミハイルが一番よくわかっていた。
「大丈夫だよ。君はここにいて、俺に愛されてる。それで充分でしょ」
「……ミーシャ…………」
ぐっ、とニコライがミハイルを抱きしめる力が強くなる。
彼の腕の中で笑みを浮かべるミハイル。今の彼には自分という悪魔しかいない。自分にも彼しかいない。一度壊してしまった彼の心に自分を植え付けていく。自分のことしか考えられなくなってしまえばいい。
「愛してるよ、コーリャ」
「はい。ミーシャ……愛しています。……抱いてください」
「え……?」
ニコライからミハイルの体を求める言葉を伝えたのは初めてのことだ。
ミハイルはニコライを抱きしめるのをやめて、まじまじとその端整な顔を見た。表情の乏しい美女桜色の両目。すっと通った鼻筋に、薄い唇。男にしては細めの顎の下には、胸鎖乳突筋と喉仏のはっきり見える首。そしてシャツの隙間から覗く鎖骨。そこまで見た瞬間、ミハイルの中に欲望が湧き上がってきた。
「セックス、したいの?」
「はい。……自分の存在が不安なんです。あなたと繋がりたい」
「そう」
ニコライがミハイルの体を求めるのは性欲からではない。ミハイルと触れ合うことで自分という存在を確認したいのだ。
ミハイルは少し背伸びをして、彼の唇に自分の唇を軽く重ねる。
「寝室に行く? それともこのまま?」
「あなたの好きにしてください」
「台所では、したことないね」
そして今度は深く口づけするミハイル。それはここでしたいという意味なのだろう。
ミハイルの舌先がニコライの唇を軽く撫で、その口内へと滑り込む。するとニコライの舌がその舌に絡まされた。ミハイルの舌より冷たい舌。熱は触れ合ううちに同一に近付いていく。
キスをしたまま、ニコライはミハイルに体重をかけられ、真後ろにあった調理台に押し付けられた。
淫らに水音を立てながら唇を離す。口元に笑みを浮かべ、ニコライを見上げるミハイル。調理台を掌でたたいた。
「この上、乗ってよ」
「上にですか?」
ニコライは言われた通り調理台の上に座って、何故ミハイルがそれを命じたのか理解した。この高さなら恐らく正面から挿入し易い。
ミハイルの片手が優しくニコライの銀髪に触れてきた。背後の窓からの月光に照らされ、青白く輝く長い髪。
もう片方の手は、彼のワイシャツの釦を外していく。
「いつもコーリャに触れたくて堪らないんだ。俺は君の全てが見たい」
「……羨ましいです」
ニコライの言葉に、首を傾げるミハイル。
「羨ましい? 俺が?」
「ええ。そんな風に欲望を持てるあなたが」
無表情のニコライ。いつものことだが、美しいその顔は少し怖くも見える。ワイシャツの最後の釦が外された。彼は自分の髪を撫でてくるミハイルの桜色の頬を両手で包んで、言う。
「絶対こうなりたいとか、これが欲しいとか、凄くこれが食べたいとか……、凄くこの人とセックスしたいとか。私は思ったことがないんです。遠い昔はあったのかも知れませんが、覚えていない。強い欲望が、欲しいんです。あなたのように」
ニコライの両手に挟まれたミハイルの顔は、驚いているようだった。する、とニコライの手はその悪魔の首筋へと降りていく。
ミハイルは口を開いた。
「君にも他者を羨むことがあるんだね」
「そうですね。それすらも随分久しぶりだった気がします」
ニコライの手が悪魔の喉元を撫で、白いシャツの釦を外す。
「こんな風に誰かとセックスしたいと思う日が来るなんて思いもしませんでした」
「……でもそれは愛欲からじゃない、でしょ?」
ミハイルはそう言いながらニコライの白い胸元に触れた。
「君が欲しいのは俺じゃない。君という存在の確証だ」
そして鎖骨の下の窪みに爪を立てる。
ニコライが小さく声を上げた。爪を立てられたところから滲む紅い血。恍惚とした笑みでその血液を見るミハイル。
「痛い? 君はこの強い感覚が欲しいはずだ。現実と自分を結びつける、感覚。痛みでも快感でも、寒さでも暑さでも同じ。やることはセックスでも暴力でもいいんでしょ」
「あ、痛いです……」
更にもう一箇所傷が増やされる。白い肌に新鮮な血はよく映える。
堪らずニコライは爪を立てるミハイルの片手を両手で包んだ。
「ミーシャ、もう」
「優しくしてあげられる気分じゃないんだ。……綺麗だよ、コーリャ」
豊麗な笑みを浮かべたまま、ニコライの手を振り払うミハイル。滲み出ている天使の血を舌で舐めあげた。
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