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六章 9
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「……気持ちよかったですか?」
「うん、凄く」
そう答えたミハイルは、無邪気な笑顔を作った。散々痛めつけられたニコライを前に、その笑顔はさながら子供のような残酷さを孕んでいる。
しかしニコライは眉を顰めながらも彼の笑顔に笑顔を返した。
「そうですか」
「コーリャ、痛い?」
「はい」
「うん、忘れないでね。その痛みは現実だよ」
「……はい」
刹那、ニコライの体を支配していた痛みが消えた。ミハイルの魔力で傷が治癒されたのだ。先程までの強い痛みが嘘のようだ。
溜め息を吐くニコライ。現実を失ったような気分だ。痛みによって感じた現実が遠のく。また曖昧な世界になる。
「降りていいよ」
ミハイルにそう言われ、ニコライは調理台の上から降りる。
足が床に着いた瞬間、強い目眩と吐き気が彼を襲った。世界が歪む。揺れる。視線の焦点が合わない。気持ちが悪い。胃が揺さぶられるような感覚。
気づくと床に座り込み、ミハイルに後ろから肩を抱かれていた。
「大丈夫? コーリャ。どうしたの?」
「…………すみません、少し目眩が」
「そう、ごめんね」
「いえ……」
ニコライは何故ミハイルが謝るのか疑問に感じながらも、立ち上がろうとする。しかしまだ揺れる世界の中ではふらつくばかりで立つことができない。
倒れそうになる彼を抱きとめるミハイル。
「無理しないでいいよ。俺の首に手を回せる?」
ニコライが頷いて言われた通りにした。するとミハイルは彼を横抱きにして持ち上げる。
ミハイル自身にあまり腕力はないが、魔力で僅かながらに重力を操ることができるので自分より十キログラム以上も重いニコライを持ち上げることができるのだ。
寝室へ向かうミハイル。ニコライは彼の胸元に顔を寄せた。心臓の鼓動が聞こえる。温かい。
「ミーシャ、私はあなたがわからない」
「ん?」
「あなたは優しいです。でも……凄く怖い」
「俺が怖い?」
「ええ」
前を向いていたミハイルがニコライの顔を見下げて微笑んだ。そして片手で寝室のドアを開ける。
「俺は君を愛してる。それだけ分かっていればいいよ」
「どうして私をそんなに愛してると言えるんですか?」
飽くまで平坦な口調で問うニコライを、ミハイルはベッドに下ろす。そして彼の額に口付けした。
「何でも理由が分からないと不安なんだね、君は。嘘でも仮説でも、何でもいいから理由がないと気が済まないんだ」
そう言って彼はベッドに仰向けに横たわったニコライの首筋に手を這わせた。その手は徐々に下へと下ろされる。
「君は軍人で、これだけ鍛えていながら首から下のことをほとんど気にしていなかったんでしょ? 今、自分の頭が信じられなくなって初めてそこから下……つまり体に感じるものを意識し出した」
「体に感じるもの……?」
「そう。大切なのは感覚だよ、コーリャ。理屈で愛なんて説明できない」
「……分かりません」
「分かるはずだ。さっき君は痛みによって現実を認識した。頭で考えるものじゃなくて、体で感じたものが現実なんだよ」
ミハイルの手がニコライの腹部まで到達する。
温かい悪魔の手。確かにこれは現実だと、ニコライは認識した。自分の記憶も知識も確かなものとは限らないが、この悪魔の手の温かさは確かに現実。仮に何故彼が自分を愛しているのか説明したとしても、それで得られるのはきっと虚偽の安心感だけで、本当の愛情ではない。確かに愛は感じるしか無いのかも知れない。
「…………そうですね、わかりました」
「うん」
ミハイルは微笑して、猫のような動作でニコライの胸に顔を擦り寄せる。
「ねぇコーリャ。俺、君と一緒に街に行きたいな」
「街? 人間界のですか?」
「うん、勿論。街に行って人間達に混じって……ご飯食べたり買い物したり。人間達は誰も俺達のことなんて気にしないよ、天使だとか悪魔だとか思わない」
ミハイルの少年のように輝く瞳。彼は人間界に夢を持っているのだろうか。確かに魔界や天界なら二人で街を歩くことは叶わないだろう。
ニコライは彼の頭を撫でた。
「ええ。あなたが望むのならば行きましょう」
「明日が楽しみだね」
ミハイルはニコライに撫でられて気持ちよさそうに目を細める。彼は子供のように甘え、子供のように無邪気に人を傷つける。美しい悪魔だ。
二人の間に沈黙が降りる。ニコライは口を閉ざしたままミハイルの頭を撫で続けた。とても穏やかな時間。徐々にニコライは眠気を感じ始める。
すると急に顔を上げるミハイル。
「……さて、今度はちゃんとセックスしようか」
「え……?」
突然の彼の言葉に目を丸くするニコライ。その彼の薄い唇に、悪魔は赤い唇を重ねた。
長い夜は、まだ続く。
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