アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
七章 7
-
二人はエスカレーターに乗って一つ上の階へと上がる。遠くなっていく下のフロアを眺めるニコライ。
「人間は神通力を使えないのにこんなものを作るなんて、凄いですよね」
「エスカレーターのこと? まあ、悪魔と天使は人間には無い力を使えるから人間ほど科学技術を発展させる必要が無いもんね。俺達ってお互いを殺すことしか考えてないし」
「何ででしょうね」
「さあ。君自身もそうだったんじゃないの」
そう言われてニコライは口を噤む。そうだっただろうか。思い出そうとすると気分が悪くなる。彼に出会う前のこと、彼と出会った時のこと。思い出せない。思い出そうとすることすら怖く感じる。ぞくり、と背筋に寒気を感じ、ニコライは軽く頭を横に振った。
エスカレーターを降ると、そこは主にアクセサリーの売り場となっていた。女性用の物が多いが、ミハイルはフロアの一角、男性用のアクセサリーが置いてある場所へと歩みを進めた。
「そんなに高いヤツじゃなくていいんだよねぇ」
と独り言のように呟きながらピアスの売り場を眺めるミハイル。男性用のアクセサリーはシンプルなものが多い。
「コーリャ、好きな色は?」
急に問われ、ニコライは困ってしまった。好きな色なんて考えたこともない。それでも咄嗟に思いついた色を口にする。
「黒」
その回答に、ピアスを見ていたミハイルは驚いたようにニコライに振り向いた。
「……え、黒? 何で?」
「なんとなく……思いついた色だったので」
「うーん、ピアスの色、何がいいかなって思って聞いたんだけれど」
「あ、そうだったんですね」
ニコライは全くミハイルの質問の意図を理解できていなかった。
ミハイルは少し呆れたように笑って、またピアスに視線を戻す。
「青は? 好き?」
「ええ、まあ」
青——天界の空は常に青だ。それは天使にとっての故郷の色。永久のセルリアン。
ミハイルは一つのピアスを手に取った。
「それじゃあこれはどう?」
銀色の棒の先に小さな水晶が付いた簡素なピアス。その水晶の青さは晴天を思わせる。値段は、確かに高いものではない。
ニコライはその輝く空の色に眼を細める。
「綺麗ですね」
「うん、これにしようか」
ミハイルは微笑んでそれをレジへと持っていく。
ニコライはその場で彼が男の店員に商品を渡すのを見ていた。店員はとても背の高い男で、悪魔をニコリともせずに無表情で見下ろしている。会計中にニコライの方を一瞥し、ミハイルに何か言って少し乱暴に包んだ商品をカウンターに置いた。店員が何を言ったのかも、ミハイルの表情も分からないが、何か嫌な空気が感じられた。
ミハイルは何も言わず金を払ってニコライのところに戻ってくる。しかしその表情を見る限り、彼は少し苛ついている様だ。早足に売り場を離れる彼の後ろをついて行くニコライ。
「どうかしましたか?」
「同性愛者は嫌いだからさっさと出てけってさ、あの店員が」
「え? 何でわかったんでしょう?」
「さあね、雰囲気じゃない?」
「雰囲気……」
そんなもので分かるのだろうか。基本的に他人に興味を持たないニコライには不思議でならなかった。
珍しく内心の苛立ちを露わにしているミハイルの歩みは速い。
「ここを出たら、瞬間移動で家まで帰ろう。ああいう差別主義者が多いから人間界っていうのは嫌なんだ。まあ、みんな戦争のことしか考えてない魔界も嫌だけれど」
どこにいてもミハイルにとっては馴染めない世界。だから彼はずっと独りでいるのかも知れない。
人間達を避けて歩く悪魔の斜め後ろを、ニコライは黙って付いて行った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
46 / 70