アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
八章 5
-
ミハイルは目を覚ました。
カーテンはすでに開かれ、朝日の眩しさに目を細めながら体を起こす。ベッドに座ったまま横を見ると、床にニコライがいた。
黒のタンクトップとスウェットを身につけたニコライが、長い銀髪を後ろで束ねて腕立て伏せをしていた。露出された耳朶には先日付けた青いピアスが光る。
「六十八……六十九……」
彼の軍人だった頃の習慣だ。いつもミハイルより早く起きて、体を鍛えている。何年もやっていて、居場所が変わったからと言ってそうそう変えられる習慣でもないのだろう。
「おはよう、コーリャ。今朝も早いね」
「七十二……おはようございます。七十四……」
僅かに首をこちらに向けながら挨拶を返してくれたニコライに、ミハイルは微笑む。この腕立て伏せは百回まで続く。
ノロノロと全裸のまま立ち上がったミハイル。魔力を纏った彼はこの特に気温の低い地方の朝に全裸でいても大した寒さを感じない。むしろタンクトップでいられるニコライの方が凄い。家の中で運動をしているとはいえ、寒くはないのだろうか。
ミハイルはペタペタと裸足で洋服箪笥に近づき、中から下着を取り出す。ちなみにニコライが着ている服はミハイルが街で買って来たものだ。彼の服はニコライには小さすぎる。
ミハイルがのんびりと下着を着け、ズボンを履いている間にニコライの腕立て伏せが百回終わった。次はいつも通り上体起こしだろうと踏んでいたミハイルは、予想に反して立ち上がったニコライに振り返る。
「ん? 今日は終わり?」
「ミーシャ」
真っ直ぐにミハイルを見つめるニコライ。少し息が上がり、頬は赤みを帯びている。
「私に夢を見させましたか?」
彼の質問に、ミハイルの笑みが僅かに曇ったように見えた。
「……さあね」
「ミーシャ、私は覚えていますよ」
「何を?」
「あなたは以前、私に子供の頃の話をしました。あなたは自らの手でご両親を殺した」
「だったら?」
冷めた声色だった。何も映さない悪魔の瞳。
「だから君は俺の母親の代わりになってくれる? 違うよね? なれないもの」
「でもあなたは母親に似た姿の私を抱く。私にあの夢を見させたのは、私にあの過去を知ってほしかったからですか? 私を愛しているわけではないことを伝えたかったのですか?」
ニコライの言葉に、ミハイルは自嘲混じりに苦笑した。
「そうかもね。もし本当に俺がコーリャを愛してなかったら?」
「……構いません。私はあなたを……愛していますから」
「そう?」
ニコライに一歩踏み寄るミハイル。少し高い位置にある彼の耳元に口を近づける。
「まあ、大丈夫だよ。コーリャのことは愛しているから」
そしてニコライの腰に腕を回し、首筋に口付けを落とす。
「逃がしてって言われても、絶対に離さないからね」
「はい……離さないで、ください」
ニコライも右腕をミハイルの背中に回した。数センチメートルだけ背伸びをしたミハイルの唇が彼の唇と重なる。
それは触れるだけの接吻で、何もせずにすぐ彼から離れるミハイル。
「そろそろ朝ご飯、作るよ」
「ええ」
これ以上の言及は、ニコライには許されない。真っ白なシャツを羽織り、ミハイルは寝室を出て行った。
その場に取り残されたドアが閉まる音と、ニコライ。
彼は右の掌に視線を落とす。悪魔の背中に回したその手は震えていた。これは寒いからではない。
————怖い。
あの悪魔に愛されたい。愛している。なのに怖い。
「何でっ……」
ニコライは、恐怖を押し殺すように掌を握りしめた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
52 / 70