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八章 8
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「てっめぇ!離せ!」
「だーめ」
レオは、ミハイルに羽交い締めにされている。
ここは恐らくミハイルの家がある山の中だろう。辺りには針葉樹の木々と降り積もった雪しかない。
「何するつもりだ! ビッチ野郎っ!」
「その汚い言葉遣いなんとかならないワケ?」
自分より背の低いミハイルに羽交い締めにされたレオは中腰に近い状態で、辛い体勢になっている。
神通力と魔力は使えない。そういった力を封じる特殊な革製の首輪がつけられてしまったのだ。本来は天使や悪魔の罪人にされるもので、普通に手に入る物ではないのだが、どこでミハイルは手に入れたのだろう。
「ねえ、暴れないで? お話しようよ」
「手前に話すことなんてねぇよ! ぶっ殺してやる!」
「冗談はいいから」
そう言ってミハイルはその場に腰を下ろした。必然的にレオは彼の足と足の間に座る形になる。
「何のつもりだよ、ニーカを早く返しやがれ!」
「ニーカ……って、コーリャのことね。そりゃ、無理かな?」
「ふざけんてんじゃねぇよ! 手前といるだけでニーカは、うあっ……」
レオに最後まで言わせまいとするかのように、ミハイルは彼を俯せに地面に押し付けた。立ち上がろうと足掻く彼の背中に膝を立てて動きを封じ、右腕を掴む。
「君、暴れ過ぎだよ」
「ああっ!」
パキン、と彼の肩関節が外れる音がした。痛みに呻く彼の左腕も掴むミハイル。
「まだ暴れるなら次はこっちだよ? 大人しくして」
「クソっ……やめ、ろ……」
レオが暴れなくなった。両方の肩関節を外されては堪らない。
ミハイルが彼の耳元で囁く。
「もう、ここに来るのはやめてよ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ」
「君が来たってコーリャは喜ばない」
「手前、ニーカを殺す気か」
レオは微かに乱れたミハイルの息遣いを聞いた。僅かながらに初めて感じた彼の動揺。
この悪魔と接触して、漸く彼が生きていることを感じ始めた。あまりにも強く美しい彼が生物だとは思えなかったが、彼は今、ほんの少しの動揺を見せた。
「分かってんだろ。このままじゃニーカは死ぬ」
更に押してみると、ミハイルの膝がレオにかける体重が少し強くなった。
「ぐっ……」
「コーリャは生より俺といることを望むよ」
「んなワケあるかよ。あんたの脳ミソはクソだな」
「彼は俺に負けたときから、生なんて求めてない」
あまりに断定的な、しかし信じがたいミハイルの言葉。
レオは頭を動かし、真後ろにいる彼を見ようとした。よく見えはしないが、彼が無表情だということはわかる。
「じゃあ、あんたはいいのかよ。あいつに死なれて」
「…………」
一瞬、ミハイルのレオの背中を押さえる力が緩んだ。その瞬間をレオが見逃すはずがなかった。
勢い良く体を反転させ、ミハイルの拘束から逃れるレオ。右肩を左手で押さえながら素早く彼と距離を取った。
「————!」
少しバランスを崩したミハイル。しかし隙を突かれたと思った後の行動は速かった。レオが取った距離を刹那の間に縮め、彼が更に逃げる暇も与えずその鳩尾に魔力を込めた拳を叩き込んだ。
「がはっ……!」
鳩尾への強い打撃に横隔膜を刺激され、息を詰まらせたレオ。それでも左腕を振り上げ、力任せにミハイルの顔を殴った。
「あっ!」
ミハイルが殴られた顔を手で押さえる。
バランスを保とうとしなかったレオはそのまま雪の上に倒れ、頭が後ろの木の根元にぶつかった。
レオの肘はミハイルの鼻っ柱に直撃したらしく、溢れた鼻血が数滴、白雪を汚した。しかしその痣は魔力でみるみるうちに消えていく。
「やってくれたね、レオ君」
右肩を押さえて倒れたままのレオの目の前に立ち、彼を見下ろすミハイル。
「やっぱり強いじゃない。右肩外れててここまでできる奴はなかなかいないよ」
「……何で攻撃に魔力を使わねぇ」
そう質問してきたレオの前にしゃがむミハイル。彼の黒い巻き毛を鷲掴みにした。
「俺が魔力も神通力も使わない君に本気出したら、殺しちゃうかも知れないじゃない」
そう答えたミハイルに、この悪魔はやはり自分を今すぐにでも殺せるのだと悟るレオ。これ以上の抵抗は無駄だ。
「何で殺さねぇんだよ」
「殺したくないから。だからもう暴れないで」
何故殺したくないか、なんてレオは知らない。しかし経験でわかる——ミハイルは、絶対に他者を殺さない。
「……俺はあんたを殺してぇよ」
そう言うレオの黒い双眸には殺気が宿っていた。殺しの経験がある軍人ならではのその目つき。
「ニーカを殺すなら、俺があんたを殺す。絶対にな。あんたがニーカに何をしたか知らねぇが、あいつはあんたを愛してなんかねぇ」
彼の言葉に、少し目を細めるミハイル。
「ふーん、大した自信じゃない」
そう言って、彼はズボンに挟んでいた拳銃——ファンタジアを抜いた。弾の装填されていないそれを、レオの腰に下がったホルスターに返す。
「ねぇ、お願い。もう来ないで? 早くコーリャの中から消えて……彼を苦しませないで」
「嫌だ。ニーカを誰よりも苦しませたのはあんただ」
そう返答したレオの頬に、ミハイルの掌が飛んで来た。高い音が森林に響く。
「がっ」
「そう、なら精々頑張れば? コーリャを苦しめる為にさ。まあ、君たちが辿り着く頃には全て終わってるだろうけれどね」
「なに————」
レオが言葉を返す前に、彼自身の体から檸檬色の光が溢れ出た。
空間移動の魔力を彼の体に発動させたミハイルは嗤う。
「バイバイ、レオ君」
レオは言葉を発しようと口を開く。しかしその前に彼は、その空間から消された。
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