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九章 2
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「うわあぁあぁあ!!」
自分の叫び声と共に、ニコライは起きた。目を見開き、毛布をはねのけて起き上がる。
荒い息を落ち着けようとしながら、辺りを見回す。暗い部屋に、窓から月明かりが差し込んでいる。薄明るい夜空。恐らくもう直ぐ夜が明ける。
幼い頃の、夢を見た。ずっと閉じ込めていた記憶の蓋を、誰かが開けた。
「コーリャ?」
唐突に愛称を呼ばれ、ニコライはビクリと振り向く。
隣で寝ていたミハイルが、ニコライを怪訝そうに見上げていた。
「大丈夫? コーリャ」
「……あなたが、開いたんですか」
血の気の引いた唇で言葉を紡ぐニコライ。
「今の夢を見せたのは、あなたでしょう? ねぇ、ミーシャ」
「うん……そうだよ」
ミハイルは彼の質問を肯定し、起き上がる。そして震える彼を抱きしめた。彼の体に、もう昨晩のナイフによる傷はない。
「見たかったんだ。君の、過去を」
「ミー、シャっ……」
ニコライの中で、先程の夢の中の母親と今のミハイルの行為が重なる。自分を抱きしめ、そして自殺した母親。
「嫌、嫌です……逝かないで、ミーシャ……! ぼくを置いて、逝かないで」
「……大丈夫だよ、コーリャ」
ミハイルのニコライを抱く力が少し強くなる。
彼の脳内に突然現れた幼少期の記憶と今の自我が混ざり、混乱している。思い出さないように記憶に蓋をしたのは、自身の精神を守るため。急に蓋が開いたら混乱するのは当たり前だ。
「あ、ミーシャ……ぼく…………私を、一人にしないで、ください」
「うん、愛してる。大丈夫だよ、コーリャ」
「ううっ……愛してます、ミーシャ……」
そう、大丈夫——ミハイルは心の中で付け足した。
大丈夫————ニコライの精神は、もうとっくに崩壊しているのだから。
崩して、構築して。また崩しても、構築する。
犯して、肉体も精神も傷つけて、愛を囁き続けて、その精神に刻み込む。狂気塗(まみ)れれの愛情と恐怖を。
「ねぇ、コーリャ」
「はい」
抱き合ったまま、会話をしようとするミハイル。返事からして彼は落ち着いてきていて、話せそうだった。
「クリコフさんは、誰なの?」
「……は?」
クリコフ、夢の中に出てきた男性。ニコライの母親が殺した天使。
「多分、本当は君のお母さんの友達なんかじゃないよね?」
「…………」
ニコライは答えない。当時は幼かった彼にわかるはずがないし、嫌な記憶を掘り返したくもないだろう。
ミハイルは続ける。
「最初は本当にただの友達で、でもお母さんに迫り、もう会いたくないとお母さんに言われ、逆上してお父さんを殺した。そしてお母さんはクリコフさんを殺した。そんなところかな?」
「……っ、やめてください!」
ニコライはミハイルを突き放し、ベッドから降りようとする。しかしミハイルは、彼がベッドから降りる前に彼に後ろから抱きついた。
「そして残されのは君。誰を憎むこともできない、悲しむことしかできないコーリャ」
「ミーシャ、やめ——」
「もしかしたら俺達は似ているのかも知れないね」
幼少期に両親を失い、心的外傷(トラウマ)を負った天使と悪魔。埋めることのできない、心の亀裂。
「俺達が交わったからといって、傷を癒すことはできないさ」
ミハイルはニコライの耳に口付けを落とす。
「でももう少し、一緒にいよう。傷を舐め合うようにさ」
そう言われたニコライは、ミハイルの手を掴む。
「もう、少し……?」
「そう、もう少し」
————ある意味で、永遠にさ。
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