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九章 4
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エプロン姿のミハイルは、朝食を皿に盛りながら横目でニコライを見た。少しフラつき気味に椅子に座るニコライ。眉間を指で押さえている。今朝の夢こともあり、彼はまだ安定し切れていない。
皿を彼のところに運ぶミハイル。
「大丈夫? コーリャ」
「ええ」
「頭痛い?」
「少し」
「食べられる?」
「……ええ」
そうは言ってもほとんど食べられないだろう、と思いながらもミハイルは彼の前に皿を置く。
「無理してるでしょ?」
「…………」
「食べて欲しいけれど、別に全部は食べなくていいからね?」
「はい」
今日の朝食は林檎にスクランブルエッグ、サラダとクロワッサン。これだけは必要だと、ミハイルはカフェオレも置いた。
俯いたニコライの顔を覗き込むミハイル。
「さっきよりも辛そうだね」
「頭が、う……くっ」
眉間を押さえていたニコライの手が、口元に移動した。
「すみません!」
慌てた様子でミハイルを押しのけ、立ち上がったニコライ。しかし、直ぐに床に膝を付いてしまった。
「う、あぐっ……」
ニコライの口から、胃の中のものが溢れ出した。吐瀉物は彼の口を押さえていた片手から、床にボタボタと落ちる。
驚愕し、彼の肩を抱いたミハイル。
「コーリャ?! 大丈夫?」
「あっ……ごめんなさい……、ミーシャ」
異臭が嗅覚を刺激する。吐瀉物は、液体化した昨晩食べたもの。まだほとんど胃の中に残っていた——つまり、一晩経ったのにほとんど消化できていないのだ。
その事実を理解したミハイルは、悲しげな顔をした。
「謝らないで、コーリャ」
「……すぐ、片付けますから」
「いい、いいんだよ。俺のせいなんだ」
そう言ってニコライを後ろから抱きしめるミハイル。
「ごめんね、俺が迂闊だった……あんなこと、したから」
「ミーシャ?」
「こんなに早いとは思ってなかった」
「何の、ことですか?」
「分かってるんでしょ」
ミハイルの言葉に、ニコライは口を継ぐんだ。
わけもなくこんなに体調が悪くて、ニコライだって全く勘付かないはずがない。自分はもう直ぐ死ぬかも知れない、と。彼のように頭の切れる天使ならば、尚更のことだった。
それなのに彼は、首を横に振る。
「分かりません、ミーシャ」
「嘘だよ」
「分かりません」
「……認められない、だけでしょ? 死ぬなんて」
ミハイルに図星をさされたニコライ。後ろから抱きついている彼の腹に肘を入れ、振り返った。強く打撃された腹を抑えるミハイルの襟首を、ニコライが掴む。美女桜色の瞳を潤ませた、悲痛な表情。
「認められませんよ! 戦争でも死ななかったのに、こんな! 何もしてないのに……! うっ……」
急に下を向いたニコライ。口を押さえる前に、空の胃から胃液がせり上がり、口から溢れ出た。強烈な臭いが濃くなる。
倒れそうなニコライを、ミハイルが支えた。
「コーリャ? ごめんね……もう喋らないで。ごめんね。ごめん……、俺のせい、だよね」
「ミー、シャ」
胃酸のせいか、掠れたニコライの声。痛々しい彼の姿に、ミハイルは泣きそうな顔をした。
潤んだミハイルの若菜色の双眸を見て、安心させようとしたのだろうか。彼の腕の中で、ニコライは微笑を浮かべた。
その笑みも、ミハイルの悲哀を深くするだけ。
「コーリャっ……、っ?!」
突然顔を上げるミハイル。彼が険しい目付きで見上げた空間に、唐突に男が現れた。空間移動の魔力が使用されたのだ。
ダンッ、と床に降り立ったのは黒い巻き毛に白い肌の長身の男————レオ・クルツ。その手にはリボルバータイプの拳銃、〝ファンタジア〟が握られている。
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