アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
◆3
-
◆3
執務室に滑り込むと、そこにはリーダーと長官がいた。
「君には次の案件から新人と組んでもらう」
「はい」
いつでも着ぐるみのため、顔も身長も不明な長官が、ヒョコヒョコ歩いてきて、おれに資料を渡す。スマイルなのは着ぐるみだけで、本当はどんな態度なのか、図りかねる。薄汚れたラビットの笑顔は、じっと見てしまうと不気味にも思えてくるので、おれは渡された紙に視線を落とした。
シャーロット。その名前より、顔写真のほうには覚えがあった。先月、潰そうとしていた組織にいた男だ。というか、こいつが裏切ってうちのスパイになり、思ったより速やかに作戦は終了した。顔も態度もヘラヘラとしていて、信用に欠ける男だったと思う。
それがなんでうちの工作員になるんですか。
「そいつは色々渡り歩いては手のひらを返しまくってるアホな奴だ」
「そんなアホな奴をなんでうちが雇うんですか」
「君に教育を任せる」
おっと。ぶん投げられた。マジかよ。はい、とだけ返事をして、残りの説明を受ける。身体能力。言語能力。すげーな、こいつ。六か国語も喋れるのか……今は使われていない言語ばかりだが。どこで覚えたんだ?
いざとなったら殺していいからね、とも言われる。はい。
それで、こいつがなんかやらかしたら、おれの責任になるのかなあ。やってらんないぜ。やるけど。
「チャイニーズ?」
「是」
めんどくさいので嘘をつく。いいよねチャイナドレス、アオザイもたまらんけど。ヘラヘラ男はヘラヘラ笑う。信用性がないなあ。絶滅を危惧されない俺と、こいつとでいいコンビだろう。死んでもとくに誰も困らないし、余り物同士で組み合わせるのは俺自身も納得がいく。背も低くて悪霊みたいに瞳の真っ黒な俺と、全身改造しまくりの裏切り男。
意外にも、シャーロットは堅実に任務をこなした。その素直さが逆に不気味なほどに。むしろ気味が悪いと思ってしまうおれが、単なる穿ち過ぎなんじゃないかと、ふと自分の性格の良し悪しを考えてしまうほどに。こうやって従順なふりをして、知らなかったことを覚えて、何もかもを糧にして、別の組織にまた移るのか。そもそもは単独で生きていることのが多いらしい。一人でいるときが一番気楽だと、寝るときさえ横に人のあることを彼は嫌がり、ときたま愚痴をこぼした。
「リンは俺の名前をからかわないね」
「どうせ組織のつけたコード(偽名)だろ」
「……うん。まあ、そうなんだけど」
口を開いて言葉の出る前の、僅かな沈黙タイムラグ。それで、おれは奴の本名がシャーロットであることを知った。異なる言語圏で生まれ育ったとはいえ、さすがに多少の知識はある。シャルロット。シャルロッテ。可愛らしい、小さな女の子の意味を持つそれは、どう考えても男につける名ではない。
本名だと察したおれの感覚が間違いで、実は昔からよく使っていた名か、逆に一番嫌だったときの偽名かもしれない。この組織では何故か、内偵に潜り込む奴の偽名はだいたい女の名前にする。差別的な意味合いが含まれている気もするが、いずれにせよ、どうでもいい。名前なんて、あってもなくても、偽物でも本物でも、おれたちはここで駒として働いて、何も残さずに死んでいくだけだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
6 / 58