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前編1
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一月の夜十時。
気温一桁の寒空の下、震える指でインターホンを鳴らす。
一階にコンシェルジュを持つハイグレードのタワーマンションにそぐわない平凡な俺は、家主が出るまでの沈黙の中、頼むから出てくれと祈り続けた。
『…………なに』
ややあって応対した家主は、不機嫌丸出しの声色だ。
気後れしそうになるがこれは仕事。自分を奮い立たせる。
「サ、サブマネの篠塚です!お迎えにあがりました!」
『早すぎ。ったく、クソ新人……』
「す、すみません……」
上司に言われて早めに迎えに来たのだけなのに、とんだ言われ様だ。
オートロックを開けてもらい、エレベーターに乗って三十五階を押す。
待ち時間も乗っている時間も長いこれには未だに慣れない。
数分かけて目的の階にまでたどり着き、改めて玄関のインターホンを鳴らす。
……が、反応がない。
「あ、あの~……。新出さ~ん……」
近所迷惑にならないよう、控えめに呼びながらドアをノックしようとしたその瞬間、勢いよくドアが開いて俺の顔にぶつかった。
「うべっ」
「きゃっ、ちょっと邪魔なんだけどっ」
「え!?あ、すみません……」
出てきたのは新出ではなく若い女性だった。華奢で俺よりも背が高く顔が小さい。真冬だというのに足を出したミニスカート姿で、高そうな毛皮のコートを羽織っていた。
明らかに普通の人間じゃない。
そのうえ、彼女から漂ってきた香水には覚えがあった。
慌てて部屋の中に入り、パンツ一丁の家主を見つけるなり泣きそうになりながら詰め寄った。
「新出さん!なんですか今の人!?またモデルに手出して……」
「うるせー。お前くるの早すぎんだよ」
「うぎゃっ」
長い手が伸びてきて顔をガシッと掴まれる。
指の隙間から彼を見上げると、恐ろしいほど整った顔に心底嫌そうに睨まれた。
新出遊星。二十歳。
あらゆる女性誌の人気俳優ランキングを総なめする、今をときめく人気俳優だ。
元アイドルという出自でありながら、一八〇センチを超える長身ゆえにモデルとしても活動している新出。
真っ黒な髪の毛と白い肌のコントラストは造形の美しさをより際立たせている。
しかしそのミステリアスな雰囲気を持つ外見とはうらはらに愛想がよく、世間では”親に会わせたい俳優ダントツ一位”などと言われているが……。
新出が苛立ちながら手に取ったタバコを、慌てて取り上げる。すぐさま鋭い目つきで睨まれて心臓がひゅんっと冷えた。
「だ、ダメですよ!現場行くのに喫煙は!」
「は~~~~……クソうぜぇ」
悪態をついて新しくタバコを取り出した新出は、再び止めようとした俺の頭を片手で押さえ、咥えたタバコに火をつける。
恵まれた体格と平凡な体格の差が憎らしい。
新出は見せつけるようにタバコを吸うと、俺の顔に煙を吐いた。
「ぐうっ」
「いいかげん干渉すんの諦めろよ、ド新人」
新出はそう言うと、たった一度口をつけただけのタバコを灰皿に押し付け、奥の部屋へと消えていく。
見ていないのをいいことに、その後ろ姿に舌を出してやった。
くそくそくそっ。
俺だって、辞めて良いならさっさと辞めたい。
だけど後がないから仕方ないだろ。
篠塚幸太郎、二十四歳。
文系私大卒、五十社落ちの末に就職した会社が数ヶ月前に倒産。なんの特技もない俺は、懇意にしてもらっていた先輩の紹介でなんとか再就職することができた。
それが芸能事務所『ブリエプロダクション』。
ブリエプロは大手芸能プロダクションから枝分かれしてできた小さな事務所だ。
元々はアイドル中心だったのだが、新出の人気により俳優方面へも進出。最近は若手俳優育成にも力を入れている。
俺を紹介してくれた先輩がこの事務所の敏腕マネージャーで、新出の担当。
仕事の選別やスケジューリングは先輩の業務である。
人気ゆえに常にひっきりなしに仕事が舞い込んでくるため、現場につけるサブマネージャーを探していたところを拾ってもらったのだ。
まぁ、実際のところは、サブマネージャーというよりは”監視役兼雑用”なのだが。
新出はとにかく素行が悪い。
他所の事務所のモデルや若手女優のたまごに手を出すのなんて可愛いもので、クリーンなイメージで売っているにも関わらずうっかり喫煙現場をスクープされかけたこともある。
こういう業界なので誘惑が多いのはわかるのだが、さすがに看過できないと、上から監視役をつけるように通達されたのだという。
新出が準備をしている間、大人しくリビングのソファに座って待機する。
カーテンのないガラス張りの窓に、一人暮らしには大きすぎる革張りのソファ。
何度来ても落ち着かない。
「(俺の給料何か月分なんだろう……)」
ぼんやりそんなことを考えていると、ふとソファの下に何かが落ちていることに気付く。
ベルトか何かだろうか。
金具のついた帯のようなものを指で引っ張り出し、思わず叫んだ。
「わわわわ……」
女性もののブラジャーだ。
まさか、さっきの子のものじゃないよな。
そっとソファの下に押し戻し、どう先輩に報告しようか思案した。
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