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前編2
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「やってくれたね、篠塚」
事務所で新出宛てのファンレターを整理していた手が止まる。
声をかけてきたのは新出マネージャーの安鷹先輩。その顔には恐ろしいほど爽やかな笑顔が張り付いている。
安鷹先輩とは大学のフットサルサークルで先輩後輩だった。
いつも新出と一緒にいるので見劣りするが、整った顔立ちとスマートな体型に常にビシッと決めたスーツ姿が印象的で、若い女性タレントなんかはキャアキャア騒いでいるくらいには華のある人だ。
ただし、性格は自他共に認める腹黒。俺も何度痛い目にあったことか。
どうしてこの業界は二面性のある人が多いのだろう。
先輩がこういう表情をしている時は、大抵ロクなことがない。
差し出された紙の束に目を落とした瞬間、全てを理解した。
週刊誌の見開きらしきその紙には、デカデカと『抱かれたい男一位の人気俳優、抱いているのはジェンダーレス男子!?』という下世話な見出しが。
写真が入る予定の部分は白抜きになっており、その代わり新出のマンションから出て来る派手な女性の写真が添えられている。
その女性の姿に見覚えがあった。
つい先日、新出を迎えに行った時に鉢合わせたあの女の子だ。
「えっ、あの子、男……!?」
「今SNSで人気のジェンダーレスモデルだよ。大手のNプロ。ソースが弱いし早くに記事のことは掴んだから、もう世間には出ないけどね」
なら良かった。
……とはならないから声をかけられたのだろう。
先輩に促され、マネージャーのデスクが密集するエリアから小さな会議室へと移動する。
これは、相当やばい案件かもしれない。
「……さて。サブマネになって三ヶ月くらいか。遊星の素行が一向に改善しないのは問題だねぇ」
「そ、それはなんというか……」
「というか、篠塚がサブマネになってから悪化してるよね」
「ぐ……」
確かに。
新出は仕事こそ完璧にこなすので大きな事件は起きないものの、女性を連れ込んだり夜遊びをする機会は徐々に増えている。
俺が舐められているからなんだろう。
「一応注意はしてるんですけど……」
「一応ね」
「…………すみません」
肩身が狭い。
できる限り縮こまって説教を受ける準備を整える。しかし意外にも続いたのはシンプルな質問だった。
「新出が男の子と関係を持っていることに関しては、どう思った?」
「え?」
どう、と言われても。
この業界は男性でも女性のように美しい人が多い。
一般男性相手には食指が伸びなかった人でも、芸能人相手ならいけるかも、みたいなことはよくあると聞く。
新出の部屋で鉢合わせした彼も言われなければ男だとは気づかないほど可愛かった。
夜遊びに慣れた新出であれば、そういうこともあるのかなと思う。
「特になんとも。新出さんはその……バイってことですよね?」
「そうみたいだね。都合がいいよね」
「ん?」
都合がいい?
いよいよ嫌な予感がする。
安鷹先輩は俺の顔が引き攣っているのを楽しんでいるようで、右側の口角がクッと上がり、機嫌が良さそうになる。
この顔は、学生時代に深夜のコンビニにパシリにされた時によく見た顔だ。
「あの、先輩……」
「現行のCMは十社。海外のハイブランドの日本向けの仕事の話もきてる。ドラマと映画も控えているし、年齢的にまだまだ若い女性をターゲットに売っていきたい」
「それは重々……」
「うん、だからね」
その先は聞きたくない。
俺の願いは虚しく散る。
「遊星を惚れさせてこい」
「いやいやいやいやいやいやいや!」
思わず立ち上がり、全力で首を振った。
「無理ですって!俺すごいウザがられてるんですよ!?それに美男美女ばっかり相手にしてる新出さんが俺なんかに惚れるわけないじゃないですか!」
「そうかな?遊星は篠塚のこと結構好きだと思うよ」
「どこをどう見て!?」
好きな人間の顔にタバコの煙を吐く奴がいるのか?
この三か月間で新出が僅かにでも微笑んでくれたことすらない。
惚れさせるなんて見当もつかない。
「篠塚は遊星が好きだった子に似てるからね」
「…………もしかして先輩」
「うん、だからサブマネにしたんだよ」
がっくりと肩を落とす。
鬼だ。
前々から思っていたけれど、人の心がない。
仕事のためなら俺の人権はないということだろう。
「いや、でもほんと、俺嫌われてるんですよ……?」
「バカだね篠塚は」
安鷹先輩は指を組むと、穏やかな口調で言う。
「あれは愛情ゆえの試し行動みたいなものだよ。小さな子供が大人の愛情を測るためにやるアレ。どれだけやって許してもらえるのか試されてるんだ」
試し行動?
頭の中の新出が、途端に小さな子供のような姿になる。
いやいや、全然しっくりこない。
「あの新出さんがそんな子供みたいなことしますかね?」
「あれで実は純粋なんだよ。資料で読んでるとは思うけど、グループ解散のこともかなり引きずってる。見た目は大人っぽくても、まだ二十歳だからね」
グループ解散というのは、新出が十代の頃に所属していたアイドルグループのことだ。
新出がブレークしたことで新出中心の仕事が増え、メンバーと折り合いがつかなくなり解散に至ったと聞いた。
アイドル時代の話は新出の口から一切出ないので、そこまで引きずっているとは俄かに信じ難い。
「目が肥えてる新出さんが、俺みたいな男に惚れますか……?」
「だから、見た目じゃないよ。愚痴を言わず、頑張り屋で、弱そうなのに根性があって、裏表がないのが篠塚の良いところだから」
「ディスってませんか?」
「褒めてるよ。この業界では特に、お前みたいなのは珍しいからね」
素直に喜べない。
「つまり、俺がすべき行動は……?」
安鷹先輩の右の口角がクッと上がる。
「とりあえず、抱かれてこい」
冗談だと思いたかったけれど、安鷹先輩の目は笑っていなかった。
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