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抗議
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革靴がコンクリートを叩き、冷たい残響音が木霊する。怒りを堪えることもせず感情のまま廊下を突き進み、彼だけに与えられた独房へ向かう。
――昨夜。
いつまで経っても戻ってこない降野を探して、滅多に人が来ない旧作業部屋に辿り着いたのは偶然だった。消灯時間が過ぎているにも関わらず、ツグの取り巻き連中がその部屋から出ていったのを見かけたのだ。
何だか嫌な予感がして、そっと部屋を覗いた。すぐに異臭と異変に気付いて警戒態勢に入る。
半壊した什器を避けて慎重に部屋の奥へ向かうと、汚れた床の上で気を失っている男がいた。
『ふ……降野!』
全裸に剥かれ、ロープで縛られた降野は、埃と白濁にまみれた姿で捨て置かれていた。顔や体は赤く色づき、暴力を受けたことを鮮明に語っている。
『降野! おい、しっかりしろ!』
上半身を起こして腕の中に抱くと、床にじわりと染みが広がった。見れば、臀部から精液が零れてきている。
『降野……っ、何で、どうして……!』
さっきの奴らに拘束されて、強姦されて、暴行されたのか。体中から血の気が引いていく。
だが、そこからの行動は早かった。誰にも見つからないように降野を看守室へ連れていき、体を清めた。応急処置と手当てをして、眠る降野を朝まで介抱した。
いつの間にか俺も眠ってしまっていたようだった。慌ててベッドを見ると、降野はまだ眠っていた。時計を見るとすでに「作業」開始時間を過ぎていて、ほとんどの受刑者は作業部屋に行っている時間だった。
神が与えてくれた絶好のチャンスだった。ツグは「作業」には参加しない。今頃は、退屈しのぎにテレビでも見ているのだろう。問い詰めるには、今しかない。
「――……」
高い足音を立てながら辿り着いた先では、在室を知らせる緑色のランプが光っていた。声もかけずに独房の鍵穴へマスターキーを差し込む。
仰々しい音を立てて開いた扉の向こう側に、目当ての男はいた。一瞬で怒気を察したのか、鋭い眼つきでこちらを睨んでいる。
「てめえ、勝手に入ってきてんじゃねえぞ」
機嫌の悪い低声を無視し、俺は力いっぱいツグに殴りかかった。こいつのせいで、降野はあんな目に遭ったんだ。怒りと恨み、そして降野の悲しみを乗せて目の前の男に立ち向かう。
だが、怒りは彼に届かなかった。何度殴りかかってもすべて跳ね返され、逆に壁際に追い込まれる。圧力と迫力が目の前に迫ったが、恐怖を感じている暇はなかった。
「看守の分際で調子乗ってんじゃねえぞ、クソが!」
「黙れ! お前のせいで、降野がどれだけ辛い目に遭ったか分かってんのか!」
「……あ? 降野?」
不服そうな、それでいて意味が分からないと思っている顔だった。この表情で分かる。こいつはそもそも、降野が誰だか分かっていない。
そう理解した瞬間、頭にカッと血が上った。この男は、ずっと自分に好意を寄せていた男の名前すら知らないのか。散々好き勝手に乱暴してきた相手の名前も知らなかったのか。
「お前が……お前がずっと抱いてきた看守だ! お前のせいで、降野は!」
どうしようもない怒りで声が震える。ツグが憎くて、降野が可哀想で、何もできない自分が悔しくて、次から次へと涙があふれていく。
「……話が見えねえ。あいつが何だ」
面倒そうな声色が感情を刺激する。それを俺に言わせるのか。頭が沸騰しそうなほど昂ぶり、更なる怒りで握りしめた拳が震える。
「とぼけてんじゃねえ! お前がけしかけたせいで、降野は輪姦されて……! お前のせいで、降野は!」
「……」
「お前は、降野の気持ちを知っていて利用したんだろ! 降野は、たった一人で……っ、殴られて……犯されて!」
「……」
「答えろよ! どうして降野をあんなやつらの好きにさせたんだ! お前を慕う降野が、そんなに邪魔だったのかよ!」
「……輪姦、だと?」
突然、空気が一変した。辺りが一瞬にして凍り付き、まるで異質な空間になったようだった。怒りも悲しみも忘れて、呆然と彼を見る。
そうさせたのは、地を這うような恐ろしい声だった。怒鳴っているわけではないのに、この異常な圧迫感は何だ。この常軌を逸した恐怖は何だ。底知れない狂気に、体も思考も動かせなくなる。
「あいつ、マワされたのか」
「え……」
「誰がやった」
「……っ」
「言え」
「それ、は……お前が一番よく知ってるはず……」
眼力だけで先を促され、目を見開いたまま口を開く。
「お、お前の取り巻きの……い、E-6室のやつらだ。いつも、五人でいるだろ」
その瞬間、彼の瞳の中に殺意が見えた。それは紛れもない激怒の感情だった。俺の怒りすら飲み込み、ツグは無言でのっそりと立ち上がった。
「ど、どこに行くんだよ」
「……」
「お前……まさか……」
「……」
返事はなかった。追いかけようとしたが、体が動かない。我を忘れるほどの怒りも消えてしまっている。
無表情で部屋を出ていくツグを、俺はただ呆然と見送った。
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