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征木敏嗣
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あの男のことは前から知っていた。看守に似合わず小綺麗な見た目で、飢えた受刑者の間では目の保養というより性の対象として有名だった。
いつも無表情で感情の起伏がなく、まるで能面のようだと揶揄されてもいたが、この刑務所には似つかわしくない容姿は見る者の目を奪った。
俺は看守などどうでもよかった。特に興味もないし関わることもないだろうと思っていたが、あの男に澄ました顔で話があると呼び出され、そうもいかなくなった。
何を考えているのか分からず訝しかったが、その日の夜に改めて落ちあうと、突然俺が好きだと言い出した。
隙も可愛げもない男だと思っていたが、これは面白い玩具じゃねえか。俺はその日のうちに部屋に連れ込み、その体を貪った。
だが、一つだけ誤算があった。いつもこうやって受刑者を誑し込んでいるんだろうと思ったのだが、あの男は初めてだった。俺を誘ったくせにセックスが下手だった。意味が分からなかったが、都合のいい相手には変わりなかった。
それからも、俺が呼び出せばあの男は素直に付いてきた。気まぐれで優しくしてやれば、頬と耳にさっと紅が差した。瞳が潤み、少し口角が上がった。こいつのどこが能面だよ、と心の中で毒づいた。
最初は、ただ俺に取り入りたいだけの男だと思っていた。小さいころから体は大きく、男に好意を向けられるのは慣れていた。それはシャバでも刑務所内でも変わらず、俺はいつも通りに振舞えばいいだけだった。そうすれば周りは勝手にひれ伏した。
だが、あの男は違った。体を重ねるうち、ただ純粋に本気で俺のことが好きなだけなのだと知った。
しかし、それは俺にとってどうでもいいことだった。好きだろうが何だろうが俺には関係ない。ただ性欲処理の相手がいれば便利で、あの男はそれに応えただけだった。関係性は受刑者と看守、もしくは簡単にやれる相手。それ以上でもそれ以下でもなかった。
「……」
作業部屋に入ると、目当ての男たちはすぐに見つかった。
1、2、3、4、5人。
仰々しく人差し指で人数を数えると、取り巻きの一人が近づいてきた。
「よう、ツグ。あんたがここに来るなんて珍し……」
無防備な標的ほど楽なものはない。俺は男の言葉を無視し、その顔面を力任せに殴りつけた。受け身も取れなかった体は作業机をなぎ倒し、その机が数々のパイプ椅子にぶつかって轟音を立てた。作業室が緊迫感に包まれる。
俺はビクビクと痙攣する体に近づくと、手加減もせず体を踏みつけた。作業着の下であばら骨が何本か折れた感触がする。もう一度顔面を殴りつけ、腕を折るため膝を付いて右腕を持ち上げると、別の男が素っ頓狂な声で騒いだ。
「つ、ツグさん! 何だよ、どうしたんだよ! やめろよ! そいつ、死んじまうよ!」
顔を引き攣らせながら駆け寄ってきた男の頭を片手で掴む。痛いと騒ぐ顔面をそのまま床に叩きつけると、鼻から出血したのか小さな血の海ができた。その体をひっくり返し、今度は顎を殴りつける。足に来たのだろう、ガクガクと上下に揺れる膝を踏みつけ、男の作業着で拳に付いた血を拭う。
「な……っ」
理由は分からないが状況は察したのだろう。残りの三人はぎょっとして立ち竦んでいる。俺はそのまま歩みを進めると、次の標的の顔面を殴りつけた。その場にずるずると崩れ落ちる男の腕を掴み、作業机を支点にして骨を折った。耳障りな絶叫が響き渡る。足首を掴み、遠くへ投げ捨てる。騒音が少しだけマシになる。
残りの二人は、俺の怒りが自分たちに向いていることに気付き、さすがにまずいと思ったようだ。応戦するか降参しようか迷っているようだが、決して近づいてこようとはしない。
「な……なあ、ツグ。アンタほどの男が、いきなりどうしたってんだよ」
「……」
「俺ら、何かしたか? それなら謝るからよ、そんなに熱くなるなよ」
「何か、だと?」
俺に反応があったことに安堵したのか、男の表情が緩む。
「ああ、そうだよ! アンタとは争いたくねえ。話せば分かる。なあ……」
油断した男は、少しだけ距離を詰めてきた。それを見逃さず、腹部を蹴りつける。間合いを見誤った男は吹っ飛び、ステンレス製の棚にぶつかって備品が音を立てて落ちていく。
「くそっ」
視界の隅で、最後の一人が踵を返して逃げ出した。手近にあったパイプ椅子を掴み、その背中に向かって思い切り投げつける。男は蛙が潰れたような声を上げ、その場に倒れた。
這いつくばってでも逃げようとする男に近づき、手首を掴んでずるずると引き摺っていく。パイプ椅子の男を備品まみれになった男の隣に捨て置くと、俺は改めて暴行の続きを始めた。
「つ、ツグ……何で……何でだよ……」
棚を背にして座り込み、俯いたままの男の顔を蹴り上げる。血しぶきが高く上がり、気を失った顔が天を仰ぐ。立った姿勢のまま肩を蹴りつけると、また骨が折れた手応えがあった。ついでに鎖骨も蹴り砕いておく。
「何でだよ……俺ら……何かアンタを怒らせるようなことしたかよ……」
背後で男がブツブツと呟いている。やがてくる未来を間近で見せられ、呆然自失としているようだったが、それでもまだ意識はあるようだった。
俺はゆっくりと振り向くと、最後の獲物を見下ろした。手を伸ばしかけたところで、男がやけにはっきりした声で呟いた。
「まさか……あのホモ野郎のことか?」
思わず手が止まる。男が怒りの糸口を見つけたとばかりに慌てた様子で騒ぎ出す。
「あ、アイツのことかよ! アイツを使ったことが気に入らねえのかよ!」
男の言葉に、体が燃えるように熱くなる。近くにあった作業台を力任せに蹴り飛ばす。目の前で情けない悲鳴が上がる。
「わ……分かった! 分かったからやめてくれ! 俺らが悪かったよ! アンタが嫌なら、もうアイツは使わねえから!」
マグマのように溢れてくる殺意が抑えられない。男の声を聞くだけで虫唾が走る。すべての感情が暴走し、それも殺意へと変わる。
「何の騒ぎだ! な……おい、そこ! 何をしている!」
「つ……ツグだ! ツグが暴れてるんだ! 刑務官をもっと呼んで来てくれ!」
不意に、静寂を切り裂いて刑務官と受刑者が叫んだ。即座に状況を把握した刑務官が、無線で応援を呼んでいる。
途端に騒がしくなった部屋を見渡すと、全員が歪んだ顔でこちらを見ていた。
「……」
血の匂いが充満している。嗅ぎ慣れた鉄の匂いだ。何も躊躇うことはない。
俺はゆっくり手を伸ばすと、パイプ椅子を掴んで思い切り振り下ろした。
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