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ぶり大根
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大学での講義の帰り道、篠木目博仁(シノギメヒロヒト)が立ち寄ったのは、何の変哲もないスーパーだった。
篠木目は、40代の独身男性である。大学教授であり、大学では世界史を教えている。そんな篠木目がなぜスーパーで主婦の如く脇目も振らず一心不乱に大根を選んでいるのかというと、彼は一人で暮らしているわけではないからである。
又庭木賊(マタニワトクサ)。それが、彼の同居人の名前であった。
木賊は、どうして篠木目の元へやってきたかというと、色々複雑な事情があるのだが、今は篠木目家に馴染み、掃除や雑用などをして暮らしている。
育ち盛りの木賊のために、篠木目は料理をつくることを日課としていた。
スーパーから帰って来た篠木目は、大きな買い物袋を抱えていた。
その中からキャベツ、セロリ、トマト、大根、厚揚げ、鰤、イワシのオイルサーディンなどが出て来る。
手早く米を研いで炊飯器にセットし、包丁とまな板を用意した篠木目は、木賊の帰ってくる音を聞いた。
「ただいま帰りました。」
木賊がガラガラと玄関の戸を開けて入ってきた。
「おう。」
腹を空かしているのだろうな、と篠木目は思う。案の定、木賊は何か食べるものはないかと台所へやってきた。
「来たなら手伝え。」と篠木目は言い、木賊にエプロンを手渡した。いつものことなので、木賊はエプロンを付けて篠木目を手伝いだす。
「お弁当ごちそうさまでした。ちょっと思うんですけど、博仁さんの料理っておばあちゃんの作る料理みたいですよね。」と言いつつ、野菜を洗い出した。
篠木目はその口の中に、セロリの切ったのを放り込んでやる。すると木賊はいい音を立ててセロリを噛み砕いた。
「今日はサラダ、ぶり大根、味噌汁、ご飯を作る。ご飯には大根の葉の炒めたものを掛ける。」
「やっぱり、博仁さんのご飯はおばあちゃんのご飯みたいです。」嫌いじゃないんですけどね、と言ってから、木賊はセロリを飲み込む。
木賊は、味付けにいくつもの調味料を使い、時間を惜しまず作る篠木目の料理は、達観した老人の料理を思わせるので、味わい深くて好きだった。
「今日の弁当も美味しかったです。」と木賊は弁当箱を出し、篠木目は無言でそれを受け取る。
「鰤、おろしてくれ。」と言われて木賊は、鰤の鱗を削ぎ、3枚におろして切れ身を取り出した。その間、篠木目は木賊の出した弁当場を洗う。
二人とも口数が多い方ではなく、言葉よりは相手のやっていることを察し合うことで、料理が進んでいく。
木賊が鰤に取り掛かっている間、篠木目はぶり大根の大根を適当な大きさに切っていた。それが終わるとセロリの筋を取って小さく切り、キャベツを敢えて手でちぎってセロリと塩胡椒と混ぜ合わせ、サラダ皿の上に並べた。酢を混ぜるのも忘れない。
それから、イワシのオイルサーディンを取り出し、油をサラダに掛けてから、イワシをサラダの上に乗せ、カットしたトマトと同じくトッピングにした。
傍では、木賊がぶり大根を煮ている。この家の台所はがらんと広く、男二人でいてもまだ余裕があった。庭に射す日没の光を少し眺めてから、篠木目は、切って取ってあった大根の葉を細かく切り始めた。
「ここに来るまで、大根の葉を食べられるなんて知りませんでした。」と木賊が言う。
「砂糖と胡麻油、醤油は少し入れて、炒めるんだ。ご飯に載せて食うと美味い。」
篠木目は油揚げも小さく切り、調味した大根の葉に加えた。その間木賊は、手慣れた様子で味噌汁を作っていた。
彼は、この家に来てから、ずいぶんと料理の腕を上げていた。この家に来たばかりの木賊に、篠木目は言ったものだ。料理は、生活の基本だと俺は思う。料理だけは、後で困らないように手伝え、学べと。
「お腹すきました。今日は体育で4キロ走ったんです。早く食べたいです。」と言いながら、木賊は生のままの油揚げや野菜を摘み食いする。彼の頑健な歯は、火を通す前のものもばりばりと噛み砕いてしまう。そんな若さを眩しく思いながら、篠木目は言った。
「我慢したらしただけ、料理は美味くなるんだ。美味いものが食べたいのなら少し我慢して料理をしろ。」
出来上がったぶり大根はなんとも言えない香りを漂わせていた。篠木目の言葉を受けて、木賊は摘み食いを我慢しながら皿に盛る。
色合いが美しい小鉢に盛られたぶり大根は、一段と美味しさを増したように見えた。それを見て、木賊は思う。さっき博仁さんが言っていたのはこういうことなのではないのかと。
食卓に出来上がった全ての料理を並べ、二人は席に着いた。
「酒。」と単語のみで会話を済ます篠木目のために、木賊は酒をお酌してあげる。
これが、二人の夕食前の儀式だった。人に注いでもらう酒は美味いのだと篠木目は言う。
まず、二人は味噌汁に手を付ける。温かな味噌汁を最初に飲むことが、二人の儀式そのニであり、一般的にこのルールはある程度年配の日本人なら知っている作法だ。
それをしている篠木目を木賊はやはりおばあちゃんのようだ、と思う。
次に、二人は思い思いの料理を食べる。木賊はタンパク質を欲してぶり大根の鰤にかぶりつき、ご飯と合わせて味わった。
次に、大根の葉と油揚を煮たものをご飯に載せて掻きこむ。これはほろ苦く、ご飯に良く合った。
最後に、サラダを食べる。イワシとキャベツやセロリを一緒に食べるとイワシの香ばしさと野菜の風味が合っておいしく、特にキャベツは甘くておいしかった。
対して、篠木目は白飯を食べない。酒と一緒に摂るとカロリーオーバーだから、白飯よりも酒を取るのが篠木目なのだった。大根の葉と油揚げの煮たのを、酒と一緒にちびちびやっている。
ぶり大根も食べず、サラダに手を付けるのみだが、本人はそれで満足している。篠木目にとっては、目の前で木賊がもりもりと飯を食べるのを見ているだけで腹が満たされる思いがする。
「ごちそうさま」と木賊が言う。木賊は、結局ご飯をお代わりした。ぶり大根も大根の葉と油揚げもご飯に合うので、ご飯の消費が激しかった。
「お粗末さま」と篠木目が応える。この時間帯になると、篠木目は穏やかな気持ちになるのが、自分でも不思議だった。ピリピリした日常を忘れて、穏やかな気持ちになれる。
最後に急須で入れた茶を飲んで、二人のその日の食事は終わった。
その夜、案の定、木賊は篠木目の寝室に潜り込んできた。しなやかな腕が、篠木目を捉え、執拗に愛撫を繰り返す。
「今日も、ずっと博仁さんのこと、考えていました。」抱いて欲しい、と、木賊はねだる。
「ばか。俺たちは、親子なんだぞ。」
「戸籍上は、でしょう?それに、こういうことを教えたのは、博仁さんなんですから。」
責任を取って欲しい、と木賊は言う。
死んだ木賊の父親が見ていたら、どう思うだろう?と、篠木目は思う。自分の息子と親友が抱き合っているそのさまを見たならば。
「父の代わりだとしても、いいんです。」と、木賊は言う。
一時の気の迷いで木賊を抱いたことを、篠木目は後悔した。
キスされ、舌を絡められる。自分の憧れだった人とそっくりな少年が、自分を喜ばせようと必死になっている。それを見ていて、理性で歯止めが利くわけがなかった。木賊がしてくる愛撫を、相手の同じ所へ返す。木賊の息が上がってくるのが分かった。
暗闇の中、二人は無言で身体をまさぐりあった。言葉があると、何かが壊れてしまうようで、必死の無言さだった。
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