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不協和音
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いつものように電車に乗るが黒髪はみつからない。仕事場にいっても、通路を挟んだ隣の机には花が一輪置いてあるだけだった。
死と直通した部屋で友人の死を悲しむのはおかしいことのように思えて、奥村の話は決してださなかった。ただ横目に誰もいない机をみて鼻を啜る。奥村の仕事は俺が引き受けることにした。俺のやっていた仕事が終わったから、という理由だ。それだけ。
青い、奥村の使っていたファイルに挟み込まれた変死体の写真。横には解剖結果の報告書とメモのはしりがき。メモの内容は日本語のためにわからなかったが、変死体の写真に見覚えがあった。
黒い髪、垂れた目尻。眉は手入れされているのか清潔感のある形に保たれている。それなのに顔は悲痛に歪み、ぼてっとした唇は薄く開かれていた。
いつかの酒場で出会った男だ。名前すら聞かなかった男が写真の中で死んでいた。俺がすがりついた胸板は真ん中が陥没し、穴が空いていた。首には吉川線が生じている。その死体の腕には morte と彫られていた。あんな刺青はなかった。そのはずだ。…いや、これはどうみても刺繍じゃない。切り傷だ。
すべてが繋がっているような、そんな気がした。ホーレットのことも羊飼いのことも奥村の死も、そしてこの男の死体も。そんな予感を胸にしまう。ここは仕事場で俺はただの監察医だ。ホーレットだって俺を捨てていった、友人だ。
…じゃあ、なぜ。ホーレットは俺に電話をかけてきたんだ。あの場所に呼び出したんだ。泣いていた。ホーレットは泣いていたんだ。どこか落ち着かなくて、部屋から出て外にある自販機で珈琲を飲み、目をつむる。なにか、嫌な予感しかしなかった。
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