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「昨日の記憶はあるか?」
冷たく小さな声だった。こちらもやはり特徴がなく、初めて聞いたようにすら感じた。鍛えられた記憶力への自信がボロボロと崩れていく。
「……ええ、まあ」
落ち着いて返事をするが、千明は自分に失望すると同時に、この状況にじわじわと絶望感を抱いていた。
幼少期に親に売られ、今の組織で育った。初めは薬物を売ったり借金の回収をしていたが、いつの間にか人を殺める仕事をさせられるようになった。何度も血を流し、何度も血を見てきた。
それでも、そんな生き方でも、必死にここまできた。それなのに年も変わらないような男にいとも簡単に捕らえられ、ここで殺されて人生の幕を閉じるのだ。
なんてくだらない人生なのだろう。
恐らくこの男は諜報員だろう。千明のターゲットが雇ったのだ。
「日本に僕たちの雇い主を嫌う企業があるとは聞いていたけれど、こんな素人のスパイを雇うなんて。———いや、殺し屋か」
やはり。千明は黙って聞いている。
自分のことをスパイや殺し屋だと思ったことはない。ただ言われた通りの仕事をして生きながらえているだけだ。とはいえ、情報を盗むし人も殺している。自分は何なのか、わからないでいる。
男が一歩近寄る。彼の影が千明を覆った。
毛先の遊びが一切ない素直なマッシュヘア。男は、10代後半にも、20代にも見えた。無駄が一切ない男の瞳は、千明のどんな思考さえも読み取ってしまいそうなほど鋭く光っている。
「私は拷問されるのですか」
「そうなるだろう」
そう言って男は腕時計を見る。誰かを待っているのだろう、そして遅れているのだろう。しかし苛立つ様子は一切見せない。
「……」
しばらく無言の間が続く。男は落ち着いた仕草で椅子を引き寄せ、千明の目の前に座った。
そんな中、千明の頭には、次から次へと昨日の記憶が流れ込んできていた。
酒に強い千明がほろ酔いになった頃、村の隅の建物に連れ込まれた。玄関のすぐ横にある階段を手を引かれて登り、入ったそこには、天蓋に半透明のカーテンがついた立派なベッドが置かれていた。
朦朧としている千明はベッドに突き飛ばされ、埃が一切舞わない布団に沈んだ。心地いい。この祭りのために新調されたのだろう。
上から男が覆いかぶさる。男と衣装が重くのしかかり、千明は身動きが取れない。
男は袖から細い腕を出し、腕時計を見た。
窓の外の赤提灯が彼の姿を赤く染める。ツンと伸びた鼻先がこちらを向いた。赤い瞳に捕らえられ、千明はその美しさにため息が漏れた。まるで地獄に住む天使のようだった。
男が近づいてきて、唇を重ねる。この時、何か錠剤が流れ込んできて、千明はそれから体が痺れて動かせなくなった。
衣装を脱ぎ落とし、まるで遊女のように千明のものを舐めて奉仕する。任務で童貞を失ってから幾度となく行為を重ねたが、思わず声を漏らすほどだった。
男が千明の上に乗り、いざ体が交わるというところで、プツリと完全に眠りについた。
ふと視線を男に戻す。千明にはやはり、昨晩の男と今目の前にいる男が同一人物だとは思えなかった。
ころころと表情を変えて会話を楽しんでいた彼。一瞬、心を奪われそうになったほど愛らしい笑顔。今目の前にいるのは、人間とは思えないほど表情が失われた男だった。
千明の組織は決して産業スパイや諜報機関などではなく、ただ反社会的なチンピラが集まったものだった。
だけど彼は本物の諜報員なのだと、千明は心臓が冷え背中に汗が走るのを感じた。
何度思い返しても男の名前を思い出せない。もしかすると名乗っていないのかもしれない。自分も本名ではなく適当に名乗ったはずなのに、男は名前を知っていたので、恐らく宿に置いていた荷物を回収され漁られたのだろう。
遠くから複数の足音が聞こえた。しばらくして、男もドアのほうに目をやる。
部屋に入ってきたのは、若い女と初老に見える男、そしてガタイのいい欧米人だった。
その中の60代の初老に見える男が千明に歩み寄った。
「こんばんは、深田と言います。私は日本人です。あなたの組織のことを詳しく話してくださったら、安全に日本へお返しします」
女が手帳を開く。恐らく中国人だろう。その横に欧米人が腕を組んで立っている。
「……」
「意味がわかりませんでしたか?」
「わかりますが、話せません」
「……拷問を受けたことは?」
「……」
「肉を剥ぐんです。薄く、一枚ずつ、全身。———昔からある拷問方法です」
千明は息を呑む。拷問を受けたことはないが、幼い頃から暴力に耐えてきた。しかし、おそらく比にならない痛みだろう。
だけど日本に帰れたところで、自分に居場所はない。組織の外で生きていく方法を知らない。千明は黙り込んだ。
深田は気の毒に思うように眉を下げ、退室する。
欧米人が千明の背後に回り、肩を押さえつけた。
千明の足元で昨晩の男が道具箱を開き、中からナイフを取り出す。
間髪入れず、千明の太ももにナイフを滑らせた。
「うっ……ぐ、あああ」
歯を食いしばるが、その隙間から声が漏れ出る。殴られる、蹴られるなどと比べ物にならない。大きく絶叫した。
自然と溢れ出た涙が男の手にぽたりと落ちる。しかし手の動きは止まらない。
「組織のリーダーの名は?」
女の問いに答えない千明の脚に、またナイフの刃が滑らされた。
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