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連日続く拷問に千明は憔悴していた。心臓の音が日に日に小さくなっていくのがわかる。
自分がもうすぐ死ぬという現実を実感していた。
「おはよう、千明くん」
目の前の男の声に安心感すらあった。朝のこの時間だけが千明の心の拠り所なのだ。
しかし、自分はこの男に殺される。それもまた事実だった。
風呂敷で包んだ四角いものを千明の足の上に置いた。布をほどき箱の蓋を開けると、見慣れた食べ物が姿を現した。
「……え」
「おにぎり、だ。初めて作ったけれど、なかなか難しいね」
弁当箱には、歪な形のおにぎりが並んでいる。おかかが飛び出ているのもある。
千明の頬を涙が伝った。堪えようと思う暇もなく、涙が溢れ出た。ひとつの欲望が頭に浮かぶ。帰りたい。そう思ってしまった。
俯く千明の口元に、男はおにぎりを差し出す。
「……い」
「うん?」
「ひどい」
千明が叫ぶのと同時に、箱がひっくり返って床に落ちる。千明は一瞬ためらうも、男に罵声を浴びせた。
「クソ……こんなことしても俺は変わらない。もう何もいらない、出ていけ!」
そしてうつむき、肩を震わせて泣いた。感情をあらわにした千明の足元に跪き、男は黙って弁当を拾い上げる。
涙を飲み込み、息を整え、「君は飴と鞭が上手いね」と呟いた。
男は手を止め、千明を見上げる。片方の口角を上げて笑う千明に、男は初めて明らかに動揺した表情を見せた。
「危うく口が滑るところだったよ。……もういいから、殺してくれ。もう、何もいらない」
男は風呂敷におにぎりのかけらを集め、何も言わないで部屋を出た。
5回目の夜を過ごした。夜の間は頭頂部に水滴を垂らされ続け、睡眠を妨害される。眠らせないようにだが、千明はそれでも何度か意識を手放しそうになった。手放したら死ぬ。だけど、どうして死んではいけないのか思考が迷子になり、その度に眠ってしまおうと目を閉じる。その繰り返しだった。
「おはよう」
男が現れる。手には紙袋が持たれている。
男は黙って千明の口元にパンを運んだ。千明は黙ってそれを受け入れる。
「……どうしてあんなことをしたのだろうと、反省した」
男がふいに言葉を漏らした。ふたりの視線が交わる。
「僕には、家族がいない。この国のためだけに産み落とされた。この国に利益をもたらすために、生まれてきた。どこの国にも僕みたいなやつはいる。きっと日本にもいるだろう。……悲しいとは思わない。生まれた時からそうだから。———だけど、君は違う。初めは普通だったんだ。昔食べたおにぎりを思い出したんだろう。本当の家族を思い出したんだろう。……生きるために生まれたんだよ、君は」
男の言葉が心地良く耳に届く。目の前の男は敵なのに、全てを受け入れてしまう自分がいた。千明は涙を流しながら笑みを浮かべる。ああ駄目だ。自分はこの男に心を奪われている。
「今夜、帰してあげる」と、男が耳元で囁いた。
「嘘だ」
反射的に言葉を返した千明の口にそっと指を当て、「嘘じゃない」と言う。
「……なんで」
男は口を開き、閉じた。自分でも戸惑っている様子だった。
しかしすぐに柔らかい微笑みを浮かべ、「秘密」と言う。
ふたりはしばらく見つめ合う。やがて千明のほうが折れ、「わかった」と小さく返した。
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