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囚われの人形は、自分だけの優しい神様に出会った
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「……どっちも無理だよ、馬鹿」
――俺は自殺できない。
父さんに生活を支配されているから。
学校にいるときはニートをしている父さんに近くのコンビニとかから逃げないよう監視をされていて、家の中ではもの凄い痛めつけられているから。
包丁とか縄とか、睡眠薬とかいう死ぬのに使えそうなものは家の鍵付きの引き出しに入ってて、その鍵は父さんしか持ってないから。針金やクリップとかで開けるのはできなくもないだろうけど、そもそもこの家には針金もクリップもない。お年玉も小遣いも一円ももらってない俺は、それらを買うことすらできない。
――そして、父さんは俺を早く殺してくれない。俺をもっともっと甚振って、とことん弱らせてから車とかに轢かせて、死因を事故に偽装する気だ。
「……早く死にたい」
無意識のうちに口から出たその言葉は、叶うハズもない願望だった。
あまりに無理で、荒唐無稽(こうとうむけい)で、不可能すぎる望み。
俺の願望は、絶対に叶わない。
それならいっそ、感情なんかなくなればいい。
心なんか消えてしまえばいい。
だってそうなったら、こうやって涙を流すこともないんだから。
「海里、入っていい?」
泣いていたら、母さんが部屋のドアをノックしてきた。
どうやら、スーパーの仕事が終わって帰ってきたらしい。
「うん」
俺が布団に潜ったままの状態で頷くと、母さんはすぐに部屋に入ってきた。
「大丈夫? ご飯食べれる?」
ご飯を持ってきてくれたみたいだ。
「……うん。机の上置いておいて」
涙が止まらなくて今はとても食べれる状態ではなかったから、俺は布団にもぐったまま、小さな声で呟いた。
ご飯を持ってきてくれてありがとうとは、言わなかった。
母さんは残酷だから。
――カチャ。
布団のすぐそばで、トレイを床に置くような音がした。
あれ? 何でこんな近くで音がするんだ?
俺は涙を拭ってから、かけ布団から顔だけを出して、トレイが置かれた場所を確認した。
トレイは敷布団の真横に置かれていた。
わざとそこに置かれたトレイを、俺はじっと見つめた。
俺は母さんのこういう優しさも、気づかいも好きじゃない。むしろ嫌いだ。
母さんの優しさと気遣いは偽りの優しさで、偽りの気遣いで。
本物の愛なんて、どこにもない。
――母さんは残酷だ。
いつも優しくて、誕生日には欲しいモノを買ってくれて、勉強を教えてくれて、テストでいい点を取ると褒めてくれる。
そんなまさに理想で最高の親だったのに、一年半前から変わってしまった。
いつもいつも酷い目に遭う俺を見て見ぬ振りして、怪我の手当だけをしてくれる人になってしまった。それまでは父さんに虐待を止めるように言ってくれていたのに。
辛さを一番わかって欲しい人に、俺は見捨てられた。
「今食べなくていいの? もしかして、食欲ない?」
母さんは俺を心の底から心配しているとでもいうような顔をして、首を傾げた。
「食欲はあるけど、今はいい。後で食べる」
「涙が止まらないから?」
母さんは俺の涙を拭いながら、目尻を下げて、悲しそうに笑った。
「やっ、やめろ」
「フフ。ごめんなさいね? お詫びに、ご飯食べさせてあげる」
母さんは掛け布団を俺の下半身の辺りまでめくってから、俺の背中に腕を回して、身体をそっと起こしあげた。
「ほら」
母さんはトレイからカレーライスの皿を取ると、スプーンで一口分だけそれをすくって、俺の顔の前に近づけた。
母さんの偽りの優しさが辛すぎて、泣きそうになる。
俺は拳を握り締めて、涙を堪えた。
母さんはご飯を食べようとしない俺を見て首を傾げた。
「もしかして、照れてるの? 別にいいじゃない。誰かが見てるわけじゃないんだから」
――違う。
あんたの優しさが辛いんだよ。
あんたが俺を愛してないって嫌というほど知ってるから。
俺は本心を隠して、スプーンの中にある小さなカレーライスを食べた。
隠したのは、肯定されたくなかったからだ。
愛してないクセに優しくすんなとか言ったら、きっと謝られる。それだけは絶対に嫌だ。
だってもし謝られたら、母さんが俺を愛してないのを認めたことになる。それだけは嫌だ。
俺は臆病だ。
愛されてないと知っているくせに、本当に愛してないと言われるのが、怖くてたまらないんだ。
「美味しい?」
「……うん」
――美味しいに決まっている。
好きな人が食べさせてくれたご飯が、マズいわけがない。その事実がまた、俺の心をどうしようもなく傷つけた。
翌朝。
俺は車のエンジンの音を聞いて、目を覚ました。
誰か家に来たのか?
俺は起き上がって、窓の外を見た。
家の前に、黒い車が止まっている。
その車から、真っ黒いスーツを着ていてサングラスをかけたいかにも柄の悪そうな男が出てきた。
恐らく父さんが金を借りている闇金融の男だ。
「井島あ!!!」
男はインターホンを押して、叫んだ。
慌てた様子で家から出てきた父さんは、男に金を返せと怒鳴られ、怯えながら何度も何度も頭を下げた。男は肩を落とし、車に乗って帰っていった。
「諦め早」
思わず声が漏れる。
多分あの男は、父さんに全然期待してないんだな。
今の闇金の男みたいに、父さんがあっさり俺の虐待をやめてくれたら、どんなにいいんだろう。
「……そんなことありえないよな」
父さんはきっと、まだまだ俺を開放してくれない。
涙が視界を歪ませる。俺は零れてくる涙を、右腕で拭った。
「海里、いつまで寝てる。早く起きないと、飯を抜くぞ」
父さんが俺の部屋のドアをノックして、低い声で言う。
「……しんどいな、俺の人生」
――誰か、助けて。
「ハッ」
アホか。助けなんて来ねえよ。こんなことを想うだけで助けがくるなら苦労しない。どうせ誰も、俺を助けてくれない。
俺は髪をいじって虐待のせいで剥げたとこを隠してから、ドアをゆっくりと開けた。
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