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人形が出会ったのは、ただの我儘な子供だった。
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タクシーで一時間半くらいで、江の島の海に着いた。
今回のタクシー代で、母さんの財布の中身は空っぽになった。三万円は、タクシー代と零次と遊ぶ時の費用として使われた。
俺にとっての欲しいものは、零次と楽しめる時間だったから。水族館で夕陽を見るあの日までは零次に奢ってもらってたけど、それ以外は零次と割り勘をするか俺が奢るかするようになった。そういうことをするくらい、零次は俺にとって大事な存在になった。
江の島にいる可能性が一番高いと思ったのは、アイツが絶望していると思ったからだ。
俺みたいに環境が嫌になって自殺をしようと考えているなら、ここしかないと思った。
――いや、違う。
ここしかないなんて思ってない。
俺はいちかばちかの賭けをするつもりで、ここに来た。
零次がここにいない可能性もあったのに、ここに来た。
だってここは俺達の想い出の場所だから。
絶望した俺を、零次が見つけて助けてくれた場所だから。
もし零次が俺に助けられたいと思っているなら、ここにいると思ったんだ。
――いた。
零次は海の前で、寒さに震える子猫のように小さく縮こまっていた。
父親が怖くて震えているのか?
零次のこんな姿、初めて見た。
これが本当にあの零次なのか?
俺が今まで見てきた零次とは全然違う。
零次の底なしの明るさが、全く感じられない。それはまるで、底なしの熱を氷で冷まされたかのように。
「……零次」
零次の隣にしゃがみ込んで、震えが収まるように、そうっと背中を撫でる。
俺の存在に気づいた零次は、何も言わないで、ただビクッと肩を震わせた。
その姿は、父さんに怯えて自分の意志を抑え込んでいた俺にそっくりだった。
「勝手にいなくなってんじゃねえよ。お前がいなくなったら、生きてけねぇよ」
零次の髪を触りながら言う。
――ん?
零次の髪は根元から毛先まで全部真っ白だった。
なんで黒や茶色のところがないんだ?
まさか、地毛なのか? こいつの髪は、ストレスで白くなったのか?
俺はそんなことに気づきもしないで、零次との同居を楽しんでいたのか……?
俺は真実に気づいたのが遅すぎる自分に腹が立って、思わず唇を噛んだ。
零次はそうっと、俺の手を自分の髪から離した。
「俺にはねぇよ。そんなこと言われる資格。……だって俺は最初、お前を騙すつもりだった。海里が虐待されている動画を父親に渡そうとしていた。そのためにあのカメラをぬいぐるみにつけて、お前を監視してた。俺はそんなことをした最低な奴なんだよ。……だから、お前と一緒にいる資格なんてないんだよ」
「どうでもいい! お前に資格があるかどうかなんてどうでもいい! 俺がお前と一緒にいたいんだよ!」
零次の腕を掴んで、俺は叫んだ。
真実を知るのは少し怖かったけど、声を大にして叫んだ。
真実を知ることよりも、コイツがいなくなることの方が何十倍も怖いと思ったから。
「……その言葉、全部知ったらきっと言えなくなるぞ」
震えている俺の手を見つめて、零次は小さな声で口にする。俺はその言葉を正論にしたくなくて、泣きながら大声で否定した。
「ならねぇよ! 俺はずっと零次のそばにいる! ……お前がいなきゃ、生きていけないんだよ!!」
俺がそう言うと、零次は俺の頭を撫でながら、目尻を下げて、悲しそうに笑った。
「……俺がいなくても、生きてけるよ」
「無理だよそんなの!!」
「……本当に、全部知りたいのか?」
「ああ、知りたいよ。……お前のことが、全部知りたい」
俺がそう言うと、零次は作り笑いをして、俺達が出会うまでにあった出来事を話してくれた。
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