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十四時頃、七生は約束どおり城島の部屋を訪れた。
二号棟の六階、六〇七号室のチャイムを鳴らすと、薄い青色のシャツと黒いスキニーを履いた城島が出迎えてくれた。
八神家の使用人が誰一人来ていないのは、七生がこれから会うのが“夫”になるであろう人物だったからだ。
どうぞ、と言われて部屋の中へ入ると、間取り自体は七生の部屋とそう変わらないが、ベッドはクイーンサイズで、ソファとテーブルは白を基調にしたシックなものだ。自分の部屋との違いに、七生は思わず「わぁ」と感嘆してしまった。
「そんなに凄いか?」
「俺のところとは全然違います!」
こっちの部屋の方が、イギリスの自室に近い。と目をキラキラさせて、懐かしささえ覚える。
わくわくしつつソファに座ると、「ほれ」と城島はまたコーヒーを淹れてくれた。角砂糖が一つソーサーに添えられ、ミルクは小さいポットに入れられて一緒に出された。まだ温かいそのコーヒーは、程良い酸味のあるもので、昼寝時には眠気を覚ますのに丁度良い。
カフェオレ派の七生は砂糖とミルクを少し入れ、ティースプーンで軽く混ぜたあと、カップを口元へと運んだ。
「……ふう」
「美味い?」
「はい! 美味しいです」
七生の嬉しそうな声に、城島は顔が綻んだ。コーヒーは程よく苦味が残っていて美味しい。イギリスは紅茶も多いよなと言いながら、城島は併設されているキッチンに揃えられていた紅茶のブランドをいくつか持ってきた。
母親が生きていた頃は、七生はコーヒーより紅茶派だった。それは勿論、母親が飲んでいたからだ。
懐かしいパッケージを見つけて、ふと思い出したのは母親の匂いだった。甘くてフルーティーな紅茶を飲んだ後は、母親にも少しその香りが移っていて、すんすん鼻を鳴らしてよく嗅いでいた。
くすぐったい、と微笑う母親に、幼かった七生は嬉しくてもっと嗅いでみたりしていたものだ。
「これ、懐かしいです」
手に取ったのは、オレンジ色をした茶葉のパッケージ。有名どころのものだけど、七生はこれのイギリス版をいつも飲んでいた。
「美味いの? 俺、紅茶ってあんま分かんなくて」
「美味しいです。昔母とよく飲んでました」
母親が亡くなってからもう飲めなくなってしまったから、とても懐かしく思った。
父親はコーヒー派で、使用人にも紅茶を淹れてくれる人間はいなかったので、当時七生は寂しく思っていたけれど———その時あったことはもう、今はぼんやりとしか思い出せない。
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