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「ねえ、元君さぁ、これから予定とかあるのぉ?」
舌足らずな甘い声。肩を撫でられ、硬直。
耳元、寄せられる唇から吐き出されるその声に、神楽の首元から匂う甘い香りに、思考が停止する。
……ああ、もしかしたらとは薄々感じていたが、こいつは、あれだ。俺に抱いてほしいとかそういうんじゃなくて、むしろ、その逆だ。俺のことを女扱いしてる。それに気付いた瞬間、厭な汗が滲んだ。
時折いるのだ、そういう物好きな男が。
色白でもない、寧ろ外で走り回ってることのが多いので肌は日に焼けてるし、髪だって長いわけでもなければその逆だ。体となればもっての外。中学の頃スポーツに打ち込んで、暇さえあればトレーニングばっかしていた体は女の柔らかい肌とは比べようがない。それなのに、俺を抱きたいとかいう物好き。俺はそういう連中が大の苦手だった。だってそうだろう、かっこいいと言われるならまだしも、掘りたいと言われて全く喜べないし寧ろ恐怖しかない。
警報、この男は危険だ。本能が叫ぶ。俺は、「あー、そうだな」と考える振りしながら神楽の手を離した。
「部屋の片付けがまだ終わってないんだよな」
「ふーん、手伝おうか?」
「いや、流石にそれは悪いって」
「そぉ? 遠慮しなくてもいいのにー」
残念がる神楽。頭が弱く、何も考えてなさそうな喋り方をする男だと思っていたが、時折見せる目付きからしてただの馬鹿とは思えなかった。
「それじゃ、俺はこれで」
なるべく早くこいつから逃げたかった。
これ以上一緒にいるのは危険だ。そう判断したからだ。
けれど、伸びてきた手に腰を抱き寄せられ、ぎょっとする。
「元くぅん」と甘ったるい声で囁きかけられ、鳥肌。「おい、神楽」とジタバタするが、思った以上に腕に込められた力は強い。下手したら俺よりも細い腕からは想像できないほど、絡みついてくる。
「ねえ、俺、元君ともっとお喋りしたいなあ」
「お喋りって……結構したと思うけど」
「したけどぉ、もっとちゃんとしたいんだよねえ。それに、こんなところじゃ誰が邪魔に入るかわかんないし?」
「……?」
妙な言い回しをするやつだと思った。他人の会話を邪魔するやつなんてそういないと思うが、遠回しに二人きりになりたいといっているのだろう。
「あの、神楽、それよりも離せよ……苦しい……」
「じゃあ、俺の部屋来てくれる?」
「神楽の部屋に?」
「そう、俺の部屋一人部屋だから邪魔入んないよ」
違和感二つ目。学生寮、俺は岩片と同室だ。それは、この学生寮が基本二人一部屋体制だからだ。
成績優秀な岩片でも一人部屋を与えられなかったのに、何故この男が、と思い、ハッとする。唯一例外があった。一人部屋の他、特別処遇を受けることができる限られた生徒、それは――。
「お前、役職持ちか?」
「へえ、ちゃんと調べてるんだ。偉いねえ、元君」
役職持ち。即ち、各委員長含む生徒会役員だけが一人部屋を許される。
「因みに、俺はぁ生徒会で会計やってまーす」
どう? すごくない? と神楽は笑った。
数学が苦手そうな神楽が会計というのはかなり意外だった。それよりも、俺は、先程の神楽との会話を思い出した。学園を仕切るのは風紀委員と、それから、生徒会。自分はその生徒会に所属しているとなると、大分話が変わってくる。
まずったな、と思う。最初から神楽、いや生徒会に目を着けられていたいたのかと思うと、後々が面倒だった。かといって下手に逆らえば、今後やりにくくなることは明らかだ。
神楽の部屋に行く。
どう考えても自殺行為のような気もするが、神楽にそのつもりがあるかどうかはまだ分からない。
最悪、まあ何かあったとしても正直俺には逃げれる気はあった。恐らくそれは、これまで岩片のせいで色々修羅場潜らされるはめになったお陰だろう。ついていって満足するならそれでいいか。そう結論付け、俺は「あまり長居はできないが、それでいいなら」とだけ予め言っておく。神楽は「いいよぉ」と笑った。俺の思惑なんか知らずに、無邪気に。
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