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春。それは出会いと別れの季節。
俺、東雲春翔(しののめ はると)にとっても例外ではなく。
宣誓!僕は暗黒の中学時代のことはさっぱり忘れて!
新しい自分で高校生活を楽しむことを誓います!
心の中でそう叫びながらパイプ椅子に座っている。
入学式で校長の挨拶をこんなにも晴れやかな気持ちで聞いている新入生が俺の他にいるだろうか。
これまでの俺は大変地味な人間だった。
人見知りで、吃ってしまってはよく馬鹿にされた。すぐ顔が赤くなるせいでさらに笑われて、いつのまにか人と目を合わせることができなくなって。
中学になると前髪を伸ばして視界を遮るようになって、周りの人からは「不気味」「こわい」と言われるようになった。瓶底眼鏡をかけて、下ばかり向いていた。
幸いいじめられることはなかったけれど、俺の中学時代にいい思い出は全くと言っていいほどない。
だけど、転機は突然訪れた。
きっかけは、双子の姉である光(ひかり)がある漫画を貸してくれたことだ。それが「ちゅきラブ★私の高校デビュー!」だった。
中学のときは地味だった主人公が、たくさん努力をして周りに認められて、大好きな彼ピをゲットするという素晴らしいストーリー。
どんな困難にも負けず頑張る主人公を応援するうちに、俺も「こんな高校生活を送ってみたい」、そう思うようになったのだ。
『新入生代表、二階堂 碧(にかいどう あお)さん』
気づけば入学式は進行していて、新入生の中から一人の生徒が壇上に上がっていく。
「ねえあの人、第一中学の碧くんじゃない?」
俺の後ろに座っていた女子が、小さな声で話している。どうやら有名人のようだ。
「噂だと県外の進学校受けたんじゃなかった?落ちちゃったのかな?」
「あの碧くんが落ちるかなあ」
受験なんて何が起きるのか分からないものだぞ、女子たちよ。だって死ぬほど勉強したとはいえ、俺がこの学校に受かっちゃうくらいなんだぞ。
「本当にかっこいいね。さすが他校にファンクラブがあっただけあるよ」
「同じクラスだったらよかったのになあ」
「碧くん」と呼ばれるその人物は、たしかに女子たちから人気を集めるのも納得できるような顔立ちだった。
ほりが深くて鼻筋がすっと通った端正な顔をしている。八頭身あるのではないかという顔の小ささや脚の長さ、どれをとっても完璧な見た目だ。
堂々と新入生代表の言葉を話すその声は落ち着いていて、もうこれはなんというか、歯ぎしりがうるさいとか、いつも独特なにおいがするとか、そういう欠点があったとしてもおつりがくるレベルだ。いや、独特なにおいがしたらさすがにおつりは来ないかしれない。
「あ、でもうちのクラスにもかっこよさそうな人いるよ。読者モデルの東雲ヒカリちゃん分かる?双子の弟が同じクラスだよ」
「よく知ってるね」
「配信で、ぽろっとヒカリちゃんが名前出してた。ハルトくんっていうんだって」
「……本当だ、同じクラスに名前あるね」
うおおおい!
突然自分の名前が出されて心臓がバクバクと動き始める。
姉の光は読者モデルをやっているくらい整った顔立ちの女の子で、家族の俺から見ても本当に可愛い。でも弟の俺は全然似てないと思う。何より根暗だし。陰キャだし。
ただ、俺は変わりたい、って思った。変わるぞ、と決めた。
合格通知を受け取ってからこの入学式までの間は、とにかく努力した。
まずはおしゃれについて勉強した。……というのはちょっと盛ったな。結局よくわからなくて、光に言われたとおりの髪型にし、眼鏡をやめた。
セットも動画を見て勉強したり、人と話す練習をするためにネットでできた友達と通話してみたり、毎日5キロ走ってみたり、とにかくできることは全部やった。
だから中学の頃と比べれば少しはマシになっているだろう。というかなってくれてないと困る。
でも、光の弟だって胸を張っていえるかというと、まだ自信がない。見た目もそうだけど、光は本当に優しくて、こんな俺に対してもいつだって「はるちゃんなら大丈夫だよ」って言ってくれるいい子なんだ。
「以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます」
二階堂 碧の挨拶が終わった。
彼が頭を下げると、体育館全体的が拍手に包まれる。
その一部始終がなんというか「主人公」って感じで、俺はため息をついた。
わかってる。俺の夢見ているような高校生活が送れるのは、たぶんああいう人種なんだろうなってこと。
「ねえいま、碧くん誰かのこと探してなかった?」
「全体見回したよね。親とかなんじゃない?」
「なーんだ。シンデレラでも探してるのかと思った」
「さすがにそれは漫画の読みすぎ」
同意。しかしこのあと少しして俺は、女子生徒のこの会話があながち間違いではなかったと知ることになる。
「君が東雲くん?」
帰りに二階堂碧がそう声をかけてきたからだ。
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